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     9、護り屋

 その店は、浅草の蔵前にあった。ここまで一刻程歩いた。大店である。


 店前に来ると小者が急ぎ入って行った。すぐに番頭を伴って出て来た。


 番頭の案内で店脇の裏木戸から入って行った。使用人入口を入り、客間に案内された。


 女中に出された茶を飲んでいると、失礼致しますと男が入って来た。辺見の姿を見て一呼吸入れた。


「富蔵屋与兵衛と申します。今日はよろしくお願い致しなす」


 与兵衛は畏まった様に両手を付き、深々と頭を下げた。


「拙者、辺見晋一郎と申す。ご警護仕(つかまつ)ります」


 与兵衛は恭しく頭を上げると、


「一刀流の達人と伺っております。心丈夫にございます。どうぞよろしくお願い致します」


 辺見を見て安堵したのか、顔を緩ませて、


「それでは、後ほど参ります」


 与兵衛は部屋を出て行った。大店の旦那にしては腰が低い。その後すぐに迎えに来た。


 与兵衛は籠に乗り、辺見はその後から徒歩で続いた。旗本屋敷町に入るとそこは静かで、誰も歩いていない。


 駕籠屋の荒い呼吸が辺見に聞こえる程だ。やがて、ひときわ門構えの良い屋敷へ入って行った。


 辺見は、玄関脇の小部屋に待たされた。これは楽な仕事だと思っていると、旦那が呼びに来た。


 早い。もう話が終わったのか。旦那とは楽な稼業だと思った。旦那は苦り切ったような渋い顔をしている。


 待たせた籠に乗り込み、次の行く先へ向かった。そこでもすぐに出て来た。旦那は又も渋い顔をして出て来た。


 もう一軒回り終え、富蔵屋へ帰り着いたのは夕7つ(16時)に近かった。何事も無く護衛を終えた。


 護り屋神代を訪ねると、上機嫌で半金の1両を渡してくれた。そして、明後日酉の刻(18時)から仕事を依頼された。


 依頼主は同じ札差、富蔵屋与兵衛。夜の警護である。夜は蕎麦屋のことがあり躊躇していると、5両出すと言う。


 辺見は、いちにも無く返事をした。これまで貧乏が長かった。こんな割の良い仕事は無いと思った。


 長屋に帰り着いた。引き戸を開けようとすると、隣の女房が引き戸を半分開けて顔を出した。辺見を見て声を無くした。


 いつもは着流しだが、袴をはいていた。颯爽として近寄り難く、声も掛け難い雰囲気があった。辺見は中へ入ってい行った。


 女房は引き戸に手を掛けたまま、うっとりしてじっと見つめていた。そこへ亭主の大工が帰って来た。


「おい、けえったぞ!おめえ、何してんだ!そんなとこ寄りかかって。邪魔だどけ!」


 寄りかかった引き戸を引いたものだから、女房は前につんのめった。


「何すんだよー!」


 と声を上げた。そして、亭主の顔を見て溜息をついた。


『熊だ。あー嫌だ』


 思わず小さな声で言った。


「何だ!何か言ったか。熊がどうしたって?」


「ふん!聞こえたか。髭ぐらい剃ったらどうだ」


「あいよ、後でな。腹減った。めし!」


 亭主は相手にしない。女房の嫌味より飯が先だ。女房は口は悪いが情がある。拝み倒して女房にした弱みもある。


 辺見は銭湯でさっぱりすると、蕎麦屋に出掛けた。いつもの着流しに着替えていた。


 刻は暮六つ半を過ぎていた。お雪がにっこり笑って迎えた。この頃お雪は、辺見を待ちかねるようになっていた。


 呉服屋の善吉は一昨日から顔を見せなくなっていた。そこには新しい客が座っていた。


 大工の甚兵衛は、相変わらず毎晩飲みに来た。善吉が来なくなったが、諦めたのだろうと喜んでいた。


 甚兵衛が諦めないにはわけがあった。浪人と言えども辺見は武士である。町人の女を嫁にするわけがないと思った。


 それに、お雪が本気で婚姻を考えるはずがないと考えた。とすれば、誠意を尽くせば必ず嫁に来てくれると思った。


 二日後、富蔵屋を暮6つを四半刻(18時30分)過ぎて出発した。今日の訪問先は一軒だけである。


 辺見は、旦那与兵衛の乗る籠の速さに合わせ、早足で後ろを歩いていた。


 訪問先は旗本屋敷町のはずれに位置する。閑静と言うより不気味な程静かである。その中の大きな屋敷に入って行った。


 他の屋敷と同じように玄関横の小部屋に通された。半刻程して与兵衛が出て来た。


 酒の匂いがぷんとした。供応を受けたのであろう。与兵衛は上機嫌のようである。これから店へ戻る。


 屋敷を後にした。刻は宵5つ半(21時)に近かった。4月の半ばを過ぎたとは言え、肌寒い夜であった。


 駕籠屋は来た道を引き返して行った。屋敷が地続きの場所に来ると、安堵したかのように少しゆっくりめの歩調になった。


 やがて、長い土塀になった。反対側も土塀である。後3丈(約10M)程で行き止まり。右折になる。


 角に差し掛かった時、二人の侍が抜き身で立ち塞がった。駕籠屋は逃げた。辺見は刀を抜きながら籠の前に出た。


 二人は同時に切りかかって来た。それは作戦であった。一人が辺見と対戦し、もう一人が籠の中を襲うのである。


 真正面に振り下ろしてきた剣を身体ごと右へ飛び跳ねた。着地と同時にもう一人の右腕が切り落とされていた。


 その男は右手ごと剣を落とした。何事が起ったのか理解出来なかった。一瞬を置いて腕から血が噴き出した。


 男は大声を上げた。正面の男は辺見の段違いの強さに動きが取れず構えたまま動けずにいた。


「血止めをしてやれ」


 辺見が静かに言った。男は金縛りが解けたかのように切られた男に駆け寄った。しごきでぐるぐるに縛り始めた。


 与兵衛が籠の横に、身体ごとぶるぶる震わせて立っている。


「与兵衛さん、大丈夫ですか?」


 与兵衛ははいと返事をするが、歯ががちがちとかみ合わない。言葉にならない。


「帰りましょう。駕籠はこのままで良いでしょう」


 辺見は、与兵衛を後ろから庇うようにして歩き始めた。


                        つづく

次回は5月19日火曜日朝10時に掲載します