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    8、4人の道中

「お武家様、私共も大井宿までご一緒させて下さいませ。お願い致します」


 男はよろけながら女房と共に立ち上がると、はっきりした口調で言う。


「それは構わぬが、歩けるか?」


「はい、決して足手まといにはならないように致します。女房も同じでございます」


 松崎を先頭に歩き始めた。男は一歩下がった横に歩いた。その後ろを、おつるは女房と並んで歩いた。


 駕籠かき達は4人がいなくなると、痛さを堪え道端に集まり、奴は必ずまた通る。口々に復讐を誓い合った。


 悪事を働いた事への反省等全く無かった。旅人を襲うのは日常化しており、今日は運が悪かったと互いに慰め合った。


 足を砕かれた2人を2つの駕籠に乗せ、残りの6人で代わる代わる担いだ。残り2つの駕籠は置き去りにした。


 駕籠かき達は、帰るはずの大井宿ではなく大和田宿へ戻って行った。


 大井宿までは2倍近い距離がある。又、通報により役人が待ち構えているかも知れないと思った。


 おつる達が大井宿に着いたのは、夕7つ(16時)近くになっていた。夫婦に気遣い、休み休み歩いて来たからである。


「お武家様、ここには知った宿があります。一緒にお泊り戴けないでしょうか?せめてものお礼をさせていただきたいのですが……」


 夫婦一緒に頭を下げる。


「その必要は無い、旅は相身互いだ、案ずるな」


「このままでは、私共の気持ちがすみません。命のご恩人をこのままお帰りいただくわけには参りません」


「お願い致します。このままお帰し致しましたら、私共は川越に帰ることは出来ません」


 女房が口を出した。


「おつるさん、どうする?」


 松崎がおつるを見て聞く。男はおつるに向かって、


「奥様、なにとぞ私共の我儘を聞いて下さいませんか、このままお帰りいただきましたら、私共は立つ瀬がございません。死ねと言われるのも同じです」


 おつるは私は奥様ではないと言おうとしたが止めた。説明が難しい。黙ってしまった。


「それに、私共のために、ゆっくりお歩き下さいましたから夕暮れが近こうございます。これから川越まで帰られますと暗くなり足元が見え難くなります」


「わかりました。ではお言葉に甘えまして、そうさせていただきます」


 おつるの返答を、松崎は隣で頷いた。


「ありがとうございます」


 夫婦は嬉しそうに、二人一緒に深々と頭を下げた。


 大井宿は本陣があり、川越城主が参勤交代の時は必ず立ち寄っていた。そのせいもあり旅籠が栄えていた。


 夫婦はその中の格式のありそうな旅籠へ案内した。入口へ入ると女中が、


「若旦那様、お帰りなさいませ」


 と駆け寄ってきた。そして、大きな声で、


「若旦那様のお着きでーす」


 女将が急いで出て来た。


「お待ち申しておりました。いつものお部屋を、ご用意させて戴きます」


「もう一部屋用意してくれ。大事なお客様です。よろしく頼む」


「向かい合わせの別室を用意させていただきます。同じ造りにございます」


「そうか、よろしく頼む。それから、夕食は私の部屋に4人分用意してくれ。特別料理を頼みます」


「半刻後でよろしゅうございますか?」


「それは丁度良い。よろしく頼む」


 いつの間にか4人の女中が出てきて、それぞれの足を濯いでいる。


 おつると松崎は部屋に案内された。襖を開けると4畳半、その右側に6畳の間が続き、その前に障子があり2畳程の板張りが続く、前には庭が広がっていた。


 まもなく女中が来て。お風呂をどうぞと言いに来た。


「右側の湯殿お使い下さいませ」


 おつるは松崎を先に勧め、その後に入った。入浴後二人は宿の用意した浴衣に着替えていた。


 松崎は板敷に座っていた。薄暗くなった庭を眺めながら、入り来る涼やかな風を受けていた。


 おつるは松崎の後ろの6畳間に座り、同じ風を受けていた。松崎が黙っているから、おつるも黙っていた。


「お食事の用意が出来ました。お向かいの部屋にお入りくださいませ」


 女中が呼びに来た。


 松崎の後に続くようにおつるはも入って行った。襖の横に夫婦は並んで座っていた。


「今日はありがとうございます。どうぞそちらへお座り下さい」


 床の間を背に二人は座らされた。夫婦の用意したお礼の宴が始まった。料理は贅を凝らした見事な物だった。


 おつるは女房の様子が気になった。寂し気に俯いてばかりいた。膳を持ってその隣に座った。


「女同士仲良くしましょう」


 おつるの笑顔に、女房は涙を浮かべた。思い詰めているようだ。


「女は女同士。どうぞ!」


 おつるは膳に用意されている銚子を手に勧める。


「私、飲めませんの」


「あら、そうですか?実は私も飲めないのですよ。ふふふ」


 と笑うと、女房もつられて笑った。二人は何だか打ち解けたようになった。そして、ぽつんと言った。


「私、このままで良いのでしょうか?」


                        つづく

次回は8月6日火曜日朝10時に掲載します