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    7、頼みごと

 二人の浪人は静かに冷酒を酌み交わしている。30歳過ぎの浪人は名を風巻と言う。年嵩の浪人は神代と言った。


 神代は同じ浪人でありながら、身繕いはきちっとしている。顔は毅然として、落ち着いた雰囲気を持つ。


 蕎麦を食い終わると神代がお雪を呼んだ。


「お雪さん、少し聞きたいことがある」


「はい、何でしょうか?」


「この前の若い浪人は何と言う名だ?」


「わかりません」


 お雪はもしものことを考えてそう答えた。


「ふーむ、店には良く来るのか?」


「近頃お見えになるようになりました。夕飯にお出でになります」


「今夜も来るかな?」


「多分、お出でになると思いますが・・・」


「そうか、今夜もう一度来よう」


 また1朱銀を置いて帰って行った。


 その夜、暮れ6つ半を過ぎた。呉服屋の善吉と大工の甚兵衛はそれぞれに離れて飲んでいた。


 辺見はいつもの後ろの席に座り、静かに猪口を口に運んでいた。


 その時、からりと木戸障子が開いて浪人が入って来た。先夜の浪人である。今日は一人である。


 店内を見回し、辺見を見つけると近づいて行った。浪人は先夜の片割れである。みんな固唾を呑んで見ていた。


 辺見の座る場所は入口に近い後ろの席である。隣はいつも開いている。恐れ多いと誰も横に座らぬ。


「相席よろしいかな?」


 丁寧に言う。辺見は黙って頷く。浪人も黙って隣に座った。お雪が注文を取りに来た。


「何に致しますか?」


 浪人は辺見の徳利を見て、


「酒は同じものにしてくれ。肴は何か見繕ってくれ」


 辺見はぬる燗が好きだった。お雪は直ぐに用意して持って来た。肴はぶり大根ににいかの塩辛が添えてあった。


「先夜は、ご無礼を致した。お近づきのしるしにどうぞ」


 浪人神代は徳利を差し出す。丁寧な物言いに辺見は黙って猪口を出した。神代はなみなみと注ぎ徳利を置くと、


「拙者、武州浪人、神代勘蔵と申す。以後よろしく願います」


 略儀とは言え律儀な挨拶に辺見も応じた。


「拙者は辺見晋一郎と申す」


 神代の目を見た。神代は温和な顔で応じた。しかし、互いに話すことは無い。後は各々手酌で飲み始めた。


 なぜか二人の間に共通の温かい空気が流れていた。そのまま互いに無言で4半刻程流れた。神代が突然口を開いた。


「実は貴殿にお頼みしたいことがあり、参上仕った」


「はて、何で御座ろう」


 辺見は猪口を下に置き、神代を見た。


「護衛をお頼みしたい」


「ははは、それはお見立て違いだ。拙者に剣は無縁にござる」


「先日の手刀は一刀流の極意でござる。隠せるものではない。しかも目にも止まらぬ早業。常人のものではない」


 辺見の目がきらりと光った。静かに一言、


「貴殿の流派は?」


「拙者も一刀流を嗜んでいた。全てが一直線。他流の様に伏線が無い、太刀の早さで決まる。薩摩の示現流と同じだ」(嗜む‐たしなむ)


 辺見は神代の目を見た。柔和な目で微笑んでいる。しかも、殺気は微塵も感じられない。


「辺見殿の清廉なお人柄、秀でた剣の技。世に役立てていただけませんか」


  辺見は一刀流と聞いて、猪口の酒を飲まずに口に含んでいた。ごくりと飲み込むと、


「いつのことだ」


「かたじけない。お受けいただけるか。明後日、巳の刻(10時)から申の刻(16時)迄です」


 神代は嬉しそうに言う。辺見は承諾したつもりはなかったが、そうとられては仕方がない。


「どこの誰、何の理由、場所とお話しいただけるか?」


「それはここで話すわけにはいかない。明日拙宅へお出でいただけませんか?」


「なるほど、承知した。で、貴殿の住まいは?」


「明日未の刻(14時)、貴殿の住まいに小者を伺わせます。ご同行下さい」


「うん?拙宅をご存じか?」


「失礼ながら、それも護り屋(まもりや)の家業でござる」


「ははは、これからは迂闊なことは出来なくなった」


「さ、どうぞ、空けて下さい」


 神代は顔いっぱい嬉しそうに徳利を差し向けた。


 次の日、未の刻に小者が迎えに来た。付いて行くと街中にある神社の敷地内で、その奥にある小さな戸建てであった。


 小者が先に入って行った。すぐに神代が小者を従えて出て来た。


「ご足労おかけした。どうぞお上がりを・・・」


 玄関に2畳程の板敷。その先4畳半の小部屋。その隣の6畳の座敷へ通された。


 小者がお茶を出し下がって行くと、


「早速だが、護衛の話は。札差の旦那です。武家屋敷の挨拶回りを同道して頂く。よろしくお願いしたい」


「住まいはどちらですかな?」


「明日又、先程の小者を迎えに行かせます。名を太吉と言う。手足に使って貰いたい」


 神代の口調が昨日とはだいぶ違う。命令口調になっていた。辺見は全くこだわらなかった。


「特に注意することはありますか?」


「いつ何時襲われるかも知れない。旦那を守って頂きたい。付かず離れずと言うが、全てを辺見殿にお任せする」


 辺見の目を見据えるように見ながら言った。そして、懐から紙包みを出した。


「ここに1両ござる。これは内金だ。明日護衛を終え、ここに戻られたら1両の後金をお渡しする」(1両=10万円)


 辺見は2両と聞いて驚いたが、平然と受け取った。神代は、少し少なかったかなと不安になり言い足した。


「首尾よくいけば、次からは倍額出そう」


 神代は10両で請け負っている。4両出しても手元に6両残る。護り屋の特権だ。


「行く先々で小部屋に通される。そこで旦那を待つ。出来ればそれなりの装いで行って欲しい」


「明日もこのままだが、構わぬか?」


「いや、構わぬ。装いで護るわけではないが、銭が多く取れぬ。ははは、では、明日はよろしくお願いする」


                       つづく

次回は5月5日火曜日朝10時に掲載します