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    6、粗相

 膳が二つ並んでいた。俊介は勧められるままに市之進に向かい合って座った。そこに美乃が両手を付いて挨拶をする。


「先日はありがとうございました。兄が大変お世話になりました…」


 言い終わらぬうちに美乃に向き直り、


「いえ、お世話になっているのは私の方です。今日はお招きいただきましてありがとうございます」


「おいおい、何を改まってる。美乃、早く酒を持って来なさい」


「はい」


 美乃は俊介に深くお辞儀をして台所へ向かった。美乃は薄化粧をしていた。俊介は心がどぎまぎして急に緊張した。


「佐久間さん見違えたな。馬子にも衣装と言うが別人のようだ」


「土こねです。いつもはこの格好ですよ」


「そうか、貴公はまだ侍っ気が抜けないと見える」


「いえ、侍です。浪人中ではありますが……」


 そこへ美乃が燗徳利を持って来た。


「美乃、佐久間さんへお酌しなさい」


 俊介は美乃を見て思わず居住まいを正した。


「どうぞ」


 美乃は伏し目がちに酌をした。俊介の顔が見られなかった。酒はうっかり注ぎ過ぎて、盃をこぼれ膝にかかった。


「すみません!申し訳ありません」


 咄嗟に胸元から半紙を出し膝に当て軽く押さえ、すぐに立ち上がり手拭いを湿らせそっと拭った。


 俊介は美乃の手際の良さに見とれていた。美乃の手が膝の上を拭うたびに、甘い女の匂いがした。


「申し訳ありません。不調法致しました」


「いやいや、何でもありませんよ。お気遣い無用です。どうぞ顔を上げて下さい」


「佐久間さん、すまないね。大丈夫か?」


「全然大丈夫ですよ。このくらい事はこぼしたうちに入りません」


 美乃は半べそをかいている。


「美乃さんに拭いていただいたから、返って綺麗になりましたよ。どうもありがとう」


「すまないね佐久間さん、美乃、お注ぎしなさい」


 美乃は涙目になっていた。それは悲しそうで佐久間の胸を直撃した。手を添えたいのをぐっと堪えた。


 美乃は本当に悲しかった。自分が情けなかった。いつもは兄にお酌したりするがそんなことは一度もなかった。


 佐久間様の時に限ってこぼすなんて、死にたい程の思いだった。


 俊介は美乃がいじらしくなった。陽気に振舞って場を明るくしようと務めた。


 それから一刻ほど、酒宴は続いた。行灯の灯りで美乃は一段と美しかった。それは恋をしたのかも知れない。


 美乃をいつまでも子供と思っている兄市之進には、気付くはずもなかった。

次回は11月6日火曜日朝10時に掲載します