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        6、短刀

「で、いつ戻られるのかな?」


「はい、明日の朝早くに出立致します。街道は物騒ですので川越に早く着くようにと思いまして」


「それを心配していた。店の者に川越まで送らせる。後で紹介しよう」


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」


 おつるに心配の種が一つ消えた。


「ところで、お店にはまっすぐに戻られるわけだね」


「はい、それはどうしてでしょうか?」


「その男、何と言ったか?番頭だった男」


「吉蔵(きちぞう)です」


「その吉蔵は、おつるさんが店に戻るのを許すかな?」


「吉蔵が何と言おうが、私の家です。私は帰ります」


「そうです。吉蔵ごときに負けてはならない。ー兵衛さんが見てますよ」


 一松は初代で祖父の一兵衛の名前を出した。それを聞いて、おつるは身体中に血がたぎるようだった。


 おつるは昼過ぎに町へ出た。そして、短刀を買い入れた。長さ9寸5分(29㎝)もあった。当時は普通の大きさである。


 店に戻ると千代が旦那様がお呼びですと言う。短刀を頂いた着物の間に隠し、急いで旦那の部屋に向かった。


 障子は開け放たれていた。廊下に正座すると、両手を付いて深々と頭を下げた。


「今戻りました。遅くなり申し訳ありません」


「一日ぐらいゆっくりと思ったが、身体は大丈夫かな?」


「昨夜から色々お気遣い下さいまして、ありがとうございます。おかげさまで川越にいました時よりも元気です」


「ほう、それは良かった。本当はせめて2、3日ぐらいゆっくりしていくと良いんだがね」


「お心遣いありがとうございます。でも何としても悔しゅうございます」」


「そうか、決心は固いようだな。では、ご紹介しよう。松崎慎之介様です。川越までお送りいただきます」


 年の頃25、6歳であろうか、穏やかな顔をした侍風の男であった。


「松崎です。明日は同道します」


「松崎様はお侍様で市松の守りをしていただいております。江戸は何かと物騒ですからね」


 無口な男のようだ。おつるは向き直って挨拶をした。


「どうぞよろしくお願い致します」


「明日は何刻に来ればよろしいかな?」


「えっ、…」


 おつるが旦那を見ると、


「明日の旅立ちの時刻ですよ」


「はい、暁7つ半(朝5時)に出立しようと思っています」


「了解した。では、拙者はこれで失礼致す」


 松崎は立ち上がると旦那に会釈して部屋を出て行った。おつるは、何か気に障ったことでもと心配になった。


「おつるさん、びっくりしなくても良い。松崎様は愛想はないが、心に実のあるお方だ。安心してお送り頂くと良い」


「はい、ありがとうございます。街道を安心して帰ることが出来ます」


「松崎様は、故あって浪人されているが一刀流の遣い手でいらっしゃる。悪い輩が何人来ようとも心配はいりません」


 旦那は言いながら手文庫を引き寄せた。中から切り餅(25両包み)を一つ取り出した。


「これは些少だが餞別だです。それから、困ったことが起きたら早飛脚で手紙を寄こしなさい。朝であればその日に着く」


「とんでもありません。色々とご親切を頂いた上に、このような大金戴くわけには参りません」


「おつるさん、私は親切でしているのではありません。一兵衛さんのご恩に報いるためです。その万分の一にもなりません。これからも微々たる力しかありませんが、報いさせていただきます」


 おつるは顔を上げることが出来なかった。そこへ女房が入って来た。


「おつるさん、今日は早めの夕食にしましょうね。千代が張り切って、夕食を作ってますよ。何が出来るのでしょうね」


「おい、人参は入っていないだろうね」


「さあ、それは知りません。今日はあなたのための料理ではありませんから」


「おまえは、人前で恥をかかすものではない」


「あら、あなたが人参はとおっしゃったのですよ」


 おつるはくすっと笑った。こんな堂々たる立派な旦那様が、人参を嫌いで気になさるなんてとおかしかった。


 夕食は鯛の刺身を中心に7品の料理が並んだ。千代は市松に来る前は料理屋で下働きをしていた。


 味はもちろんのこと、盛り付けも見事だった。人参は入ってなかった。


 翌朝、市松の店の前におつると千代が立っていた。千代は二人分の弁当を手にしていた。


 7つ半の鐘が鳴った。うすもやの中、すたっ、すたっと草履の音が近づいて来た。松崎だった。時刻通りだ。


 身長5尺6寸(168㎝)細身で颯爽としていた。


「おはようございます。今日はよろしくお願い致します」


 おつるの挨拶に、松崎は黙って頷いた。


 千代は松崎の顔をひと目見て頬を染めた。役者絵さながらのいい男だった。


                       つづく

次回は7月23日火曜日朝10時に掲載します