Shopping Cart
Your Cart is Empty
Quantity:
Subtotal
Taxes
Shipping
Total
There was an error with PayPalClick here to try again
CelebrateThank you for your business!You should be receiving an order confirmation from Paypal shortly.Exit Shopping Cart

    6、二人の浪人

 ちらっと辺見をみる。辺見は平然といつものごとく、猪口を口に運んでいる。少しの見向きもしない。


 甚兵衛はほっとした。あの夜の月明かりの中では顔までわかるはずがない。そう思うと、ほっと身体の芯が緩んだ。


「なんでぇ、何がおかしんだよ!」


 声を荒げた。みんな顔を手元に戻し、猪口を口に寄せた。


「吉蔵、おめえ、笑ったな。何がおかしいんだよ!」


「いえね、役者絵みたいで粋だなっと思って、感心したんでやすよ。やっぱ、棟梁になるお人は違うなと・・・」


「じゃ、何で笑った!」


「当たり前でやしょう。恰好良すぎると言葉より笑いですよ。役者が、恰好良い見えを切ると声を掛けるでしょう」


「それが何の関係がある!」


「大ありですよ。声を掛けられない御仁は、口をあんぐり開けてわあーとか言うんです。それが笑い声に聞こえるんですよ」


「そうか、そんなに恰好良いか?」


「恰好良いです。それで見えでも切ったら、町の女どもはいちころですよ」


「ま、それほどでもないが、ありがとよ」


 甚兵衛は満更でもなかった。顔にありありだ。機嫌を直しそこに座った。手酌で少し気どりながら猪口を口にした。


 木戸ががらりと開いた。二人の浪人者が入って来た。一人は薄汚れた成りをしている。


 店内を見渡すと、席はいっぱいだ。甚兵衛の隣に一つ席が空いている。薄汚れた浪人はつかつかと寄ると、


「おい、詰めろ」


 長脇差の先を甚兵衛の背中に押し付けた。気持ち良く飲み始めたところを急に背中を押された。さっと振り向いた。


 甚兵衛は一目見て、人品の悪い浪人と見た。黙って譲っては沽券に関わる。立ち上がると、


「てやんでぇ、お願えしますとか何とか言えねえのか!」


 瞬間、びしっ!甚兵衛の肩に鞘が叩きつけられた。くたくたと崩れるようにその場に両膝をついた。悔し紛れに、


「痛てっ!何しやがんでぇ!」


 声は大きいが、身体は金縛りにあったように立ち上がれない。


 客は全員立ち上がった。辺見はちらっと目を移しただけで、そのまま猪口を手に静かに飲んでいる。


 二人の浪人は、何事もなかったのように甚兵衛の座っていた場所に座った。そして、板場に向かって、


「冷で良い、すぐに持ってこい」


 横に座り込んでいる甚兵衛を、浪人は忘れたかのように振り向きもしない。客達も黙って座り再び飲み始めた。


 そこへ板場の竹蔵が、五合の通い徳利と湯呑を2つ乗せた盆を運んできた。いかの塩辛が添えられている。


「おっ、気が利くな。ありがとよ」


 二人の浪人は、湯呑になみなみと酒を注ぎ合い一気に飲み干した。甚兵衛をそのままに、後はゆっくり飲み始めた。


 甚兵衛は膝を付いたままでいた。浪人の不気味な威圧感に啖呵がきれなかった。静かに立ち上がり板場へ向かった。


「お雪さん、勘定してくれ」


「ごめんなさいね、今日はお代はいいですよ」


「そう言うわけにはいかない。じゃ、ここに置いとくぜ」


 銭を置いて、出て行く甚兵衛は寂しそうだった。自分の不甲斐なさに嫌気がさした。お雪が後を追った。


「おい、女。ここに来て酌をしろ」


「いいえ、お酌はしません。お品をお出しするだけです」 


「いいから酌をしろ!」


 浪人は素早くお雪の手を掴み引き寄せた。


「止めて下さい!」


 客は一斉に振り向いたが、浪人には怖くてなすすべがない。その時、辺見が立ち上がりそばに駆け寄った。


 その掴んだ手を手刀で叩いた、お雪の手はすんなり外れた。浪人は凄い目つきで辺見を睨み、


「何をしゃがる!」


「ここは酒場じゃない。蕎麦屋だ」


「何だと!みんな飲んでるじゃないか」


「蕎麦の前に飲んでる。みんな常連だ。心得違いをするな」


「ほう!面白いことぬかすじゃないか。ま、どうでも良い。ひょっとするとこの女お前のこれか?」


 小指を立てた。


「そうだ。俺の許嫁だ」


「なに!嘘を付くな。おとなしくしてればいい気になりやがって」


「いい加減にしておけ、酒がまずくなる」


 もう一人の浪人が口を出す。40歳近くになるだろうか。落ち着いた物腰である。


「それと、その御仁とは争わぬほうが良い」


「おぬし、知っているのか?」


「わけは言えぬ。とても歯が立つ御仁ではない。今日は帰るぞ。釣りは要らぬ」


 五合徳利の横に1朱銀(約6千円)を置くと店を出て行った。もう一人も慌てるように続いて出て行った。


「ありがとうございました。おかげで助かりました」


 お雪の言葉に辺見は軽くうなずくと、


「今日は飯にしてくれ」


 と言い、元の席に戻った。客たちが小声で話し始めた。許嫁だったんだと、どうりで様子がおかしいと思ってたよ。


 呉服屋の善吉は血の気が引いていくようだった。お雪さんに良い人がいないはずがない。がっくりと気を落とした。


 お雪は板場の柱に寄りかかり、思いに耽っていた。許嫁ですって。よくもまあ、あんなことが言えたものね。


「お雪、これ先生に出してくれ。どうかしたか?」


 竹蔵の呼ぶ声にやっと気付いた。


 鯵の煮つけといかと里芋の煮っころがし、山と盛った大根と人参の酢の物。いかの煮つけの匂いが辺りに広がる。


 それから、三日後のことである。あの浪人二人が昼間に蕎麦を食いに来た。


 お雪はどうなることかと心配しながら、注文を取りに行った。年嵩の浪人がにっこり笑いながら、


「先日はすまなかったな、蕎麦を食いに来た。その前に冷酒を貰いたいが良いかな?」


 注文を受けたお雪はほっとした。竹蔵が心配そうな顔をしてお雪を見た。客は他に3人いた。


                       つづく

 続きは4月28日火曜日朝10時に掲載します