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     5、見えぬ心

 秋も深まり肌寒い夕暮れ時、夕七つ(16時)の鐘が鳴った。鳴りやむと棟梁の甲高い声で、


「止め!」


 途端に職人の動きが早くなった。片付けは早い。五人の職人は棟梁の前に集まった。土こねの二人も後ろに並んだ。


 棟梁は目で職人と土こねを確かめると、


「ご苦労さん、明日も頼むぞ!」


 左官職人も大工と同じく江戸の花形職人だった。給金は1日と15日に支払われた。土こねは日傭取で日払いだった。


 職人の帰った後、土こねの二人はその場で棟梁から支払いを受けた。


「佐久間さん行こう!」


 榊がにっこり笑って誘う。


「着替えてから行きたいのですが、このままでは土まみれでご迷惑をかけてしまいます」


「何の、私も同じだ。ぼろ長屋だ遠慮はいらぬ。まして、今日はせめてものお礼のつもりだ」


「ありがとうございます。お宅はわかりますので着替えてから伺います」


「そうか、わかった。待ってるよ」


 俊介の真剣な顔に市之進は折れた。俊介はこのままの姿で美乃に会いたくなかった。


 長屋に着くと直ぐに井戸端で水を浴びた。井戸水は温かったが外気は冷たい。俊介には寒さなど感じなかった。


「あら、大変!佐久間様お風邪を召しますよ」


 いつの間に来たのか、隣のおちかが心配そうに声をかけて来た。


 俊介はその声に驚いた。誰もいないと思っての水浴びだった。日頃は帰ると銭湯に行った。今日は時間が無い。


「あっ、失礼した」


 土こねで鍛えた身体は、隆々と薄闇に光っていた。下帯だけの俊介は恥ずかしくなり、身体を拭きもせず慌てて浴衣を羽織った。


「直ぐ、炭火をお持ちします」


 おちかは目をそむけた。身体がどきっとした。


「いや、いらぬ。直ぐに出かける」


 おちかには聞こえなかったのか、急ぎ足に部屋へ戻った。そして、鉄鍋に炭火を入れ俊介の部屋を訪れた。


「佐久間様炭火をお持ちしました」


 おちかの声である。


「開けてもよろしゅうございますか?」


「折角だがいらぬ。直ぐに出かける。留守中の火は物騒だ。ごめん」


 俊介は戸を開けた。髪を整え、単衣に羽織りを着た俊介は気品高い若侍になっていた。おちかは一瞬気後れがした。


「勝手なことを致しまして、申し訳ありません」


 思わず謝ってしまった。


「心遣いありがとう。出かけて来る」


「行ってらっしゃいませ」


 おちかは丁寧にお辞儀をした。顔を会わせたのは、俊介が引っ越して来て以来のことだった。


 あの日からおちかは、俊介のことが気になっていた。しかし、朝は早く出かけ夜は遅く帰って来る。会える機会はなかった。


 おちかは会える機会を待っていた。やっと今日は早く帰って来たと思ったら、すぐ出かけて行くようだ。


 がっかりしたがそっと戸を開けてみると、佐久間様は井戸端に行く。喜び勇んで井戸端へ行った。


 あの日から、毎日おかずを余計に作り置いた。今日もそうしていた。自分勝手にしたことだが、今日は悲しかった。


 市之進の長屋が近ずくにつれ、胸がどきどきして来た。入口で立ち止まり、深く息を吸った。引き戸を叩き、


「佐久間です」


「おー!待ってたぞ」


 中から声がした。するりと引き戸が開いた。


「お待ち申し上げておりました。どうぞお入り下さいませ」


 美乃が慎ましやかに中腰に会釈をする。俊介はどぎまぎしたが平静を装い、


「今日は遠慮なく伺いました」


「堅苦しいことはぬきだ!さ、上がれ上がれ!」


 市之進が嬉しそうに声をかける。


                       つづく

次回は10月30日朝10時に掲載します