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   5、白塗りの月代

 今日で4日目になる。暮6つ半をとうに過ぎた。蕎麦屋に甚兵衛は顔を見せなかった。


 竹蔵は訝しがった。あのくらいの言葉で来なくなるはずがない。何かがあった。ひょっとすると辺見先生?


 辺見は、平然といつものごとくゆっくりした手酌で、酒を口に運んでいる。先生からは何の話も無い。


「お雪さん、甚兵衛さんは今日も来ませんね。珍しいですね」


 小吉が徳利を運んできたお雪に言う。


「そうですね。お忙しいのかも知れませんね。どうぞ」


 隣に座る大工の吉蔵が、


「親父さんにぴしゃりと言われたから、決まりが悪くて来れないんだろう」


「はは、そんなやわな男じゃないよ。なんか理由(わけ)があるんだろうよ」


 連れの大工がにんまり笑いながら言う。


「おめえ、何か知ってんのか?」


「おんや、知らねえのか?あいつんとこの大工(でえく)、殆んどがけが人だよ。肩や腕に包帯してるよ」


「喧嘩か?」


「そうだろうな、棟梁がうるさいから休まないで仕事してるよ」


「棟梁は甚兵衛の親父だからな。頑固で有名だからな」


 甚兵衛は来たくても来れないわけがあった。頭のてっぺんに大きなこぶが二つ出来ていた。そこは月代である。


(月代…さかやき。額際から頭部へ半月に剃った部分)


 髷の治まりが悪くて、ざんばら髪にしていた。今日はだいぶ引っ込んだ。遅くなったが店に行くつもりでいた。


 仕事を終えると銭湯に行き髪を洗い、その足で髪結いへ行った。


「旦那、この瘤どうしました?二つも・・・痛かったでしょう?」


「建付けのとき、桟が落ちて来てな」


「だいぶ治まってはいますが、赤く色が変わってますよ」


「結えるか?」


「へえ、それは大丈夫です。ちょっと押してみます」


「痛てーっ!なにすんだよ!」


「そんなに痛いですか?結うの止めましょうか?」


「いや、我慢する。結ってくれ」


「髷の先が丁度当たるところです。どうします?」


「どうするって、避けりゃー良いだろう」


「わかりやした。ちょっと斜(はす)に結いますね。へっ、なかなか粋でやんすよ」


「そうか、粋か。粋とは良いな!不瘤中の幸いってやつだなへへへ」


「旦那、急に笑い出して気味が悪いですよ。ただ、この赤くなったところは目立ちますよ。どうします?」


 髪結いは手鏡を渡す。


「うーん、何か手はないかな?」


「後、5日も待てば消えますよ」


「馬鹿野郎!それじゃ遅いんだよ」


「じゃ、おしろいでも塗って置きますか?」


「よし、やってみてくれ」


「きれいにかくれやしたよ。見て下さい」


 手鏡を渡す。甚兵衛はじっと見る。


「良いでしょう!役者絵のようですよ」


「役者絵?本当か!」


「そうですよ、役者は月代を白塗りしますよ」


 甚兵衛は再び、手鏡をじっと見つめた。にやりと笑った。髪結いは気色悪いと思ったが、


「お似合いですよ。年増の女衆が見たらいちころですよ」


「ありがとうよ。つりはいらねえ、とっときな!」


 甚兵衛は、今日はどうしてもお雪さんに会いたい。3日も会っていない。会いたくて堪らなかった。


 半刻(1時間)程遅れたが、足は蕎麦屋に向かっていた。


 心配と不安があった。辺見が俺に襲われたことをばらしてたらまずい。まてよ。夜のことだ。誰だかわかるめえ。


 がらり、蕎麦屋の木戸障子を開けた。一斉に客がこちらを見た。今、甚兵衛の話をしていたところだ。


 甚兵衛は何だか照れ臭かった。あいさつ代わりに右手を挙げていつもの席に座った。お雪がすぐに来た。


「どうしたのですか?身体の具合でも悪かったのですか?」


「いんや、冷で頼む。肴は何でも見繕ってくれ」


 甚兵衛は嬉しくなった。お雪さんが心配してくれていた。ちょっと気取って、顔をはすにしながら言った。


 小吉が徳利を持って寄って来た、


「甚兵衛さん、一年ぶりでやす。どこに旅してやした?」


「ばやろう!ちょいと上方までよ」


 と甚兵衛が顔を向けた。他の客も注目した。ところがみんな口を手で押さえて笑いを堪えた。


 甚兵衛の日焼けで黒くなった顔の上に、月代が真っ白く光っているのである。しかも髷が斜めに結ってある。


 小吉が思わず、くすっと笑った。それを合図のようにみんな堰を切ったように大声で笑い出した。


 辺見は大体察しがついているので、笑いもせず黙って猪口を口へ運んだ。


 甚兵衛はわけが分からず、皆に合わせて声を上げて笑った。それが又おかしくて、みんな大笑い。


 大工の吉蔵が見兼ねて、


「甚兵衛さん、月代の白塗りはどうしたんです?」


 甚兵衛は我に返って、怒り出すわけでもなく照れ臭そうに、


「これか?ちょいとわけがあってな・・・」


                                つづく

次回は4月21日火曜日朝10時に掲載します