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      春一番

 誰もいない。物音一つしない。時折、窓の外を車の通り抜ける音が聞こえてくる。


 こんなはずじゃなかった。後悔しても、もう遅い。君はいない。小さな卓袱台の上は、今朝のままに、用意された朝食には布巾が覆ってあった。


 いつもなら、


「おかえりなさい!寒かったでしょう」


 私のコートを脱がしながら口癖のように言った。熱いお茶に人心地ついていると、見る間に卓袱台の上は夕食が整う。


「お腹すいたでしょう。今日はね、あなたの好きなお煮しめにしたの」


「今日はね・・・」


 から始まり、一方的ではあるがたわいもない話が続く。


「ね、聞いてるの?」


 これも彼女の口癖だった。


 今朝、何度起こされても眠かった。


「ね、起きて。ね」


「うるさい!」


「また、仕事だめになったらどうするの」


「何だ!その言い方。不愉快だ!仕事はもう辞めた!嫌なら出て行ってくれ!」


 しまったと思った。思わぬ言葉が口から出た。しかし、睡魔には勝てずまた眠った。起きた時には彼女はいなかった。

 

  風が出てきた。アパートの柱がぎしぎし音がする。まるで自分の身体のようだ。なぜかそわそわと気持ちが落ち着かない。


 私が悪い。全て悪い。思わず立ち上がる。とにかく駅へ行ってみよう。ドアを開けると真横から、


「ごめんなさい。許してください」


 うなだれるように彼女が立っていた。


 思わず彼女を抱きしめた。思いっきり。


「悪かったのは僕だ、許してくれ」


 涙が溢れた。彼女は肩を震わせ嗚咽した。


 春一番は、この古アパートにも確実にやって来た。 完