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      5、新月

 「お米、嬉しそうだな。良いことでもあったか?」

 せわしいように動き回るお米を見て、竹蔵がわかっているくせに聞く。お米は聞こえぬふりをして動き回る。

「お米ちゃん、若先生の好き葱ぬた出来たよ」

「ありがとう、気を利かしてくれたのね」

「三人分作っといたよ」

「さすが辰さんね。ついでにぬか漬けも出しといてね」

「辰吉、急かされているようだな」

「おやっさん、若先生が来るといつもこうなんですよ。気があるんじゃないですか?」

「おまえ今頃気付いたのか。そっとしといてやれよ」

「へえ、ただつり合いっていうもんがありまさ」

「男と女につり合いってもんは関係ない。若先生も時々照れてなさる。満更でない証拠だ」

 そこへ葱ぬたを出して、お米が戻って来た。休む間もなく徳利に酒を入れ始めた。

「蒸し暑いのに、熱燗ですって」

「若先生だろう。酒好きとはそう言うものだ。暑い時は熱燗が良い。気分がはっきりするからな」

 竹蔵が笑みを浮かべて言う。

半刻もすると口直しの二人は太吉と竹蔵にお礼を言って帰って行った。客は太吉のみになった。

 お米は二人の後を片付けながら、太吉をちらっと見る。太吉もちらっと見た。目が合ってしまった。

「お米ちゃん、すまんが茶漬けを頼む」

 咄嗟に照れ隠しに注文した。お米は嬉しそうに返事をした。茶漬けはお米が作ると決まっていた。

 太吉は茶漬けを食べ終わりかえろうと立ち上がると、

「若先生、今夜も闇夜です。すみませんが、物騒ですからお米を送って頂けませんか?」

「良かろう。では待とう」

「いえ、直ぐにお願いします」

 竹蔵は頭を下げるとお米に向かって、

「お米、若先生がお送り下さるそうだ。良かったな。そこはそのままで良い。帰んなさい」

 お米は見空かれた気がして、顔をぽっと赤らめた。

 外に出ると真っ暗ではなかった。お米は太吉の足元を提灯で照らすようにして歩き始めた。

「こっちは大丈夫だ。自分の方を照らしなさい」

「あたしは大丈夫です。暗いの慣れてますから…」

 それには答えず、

「おお、新月だな。何か願い事をすると良いよ」

「あれ!本当だ!月が出てます。線を引いたような月ですね。気が付きませんでした」

「新月の夜歩きは風流と言うのだ。提灯を消してくれ」

「はい」

 言われた通り、提灯の底を持ち上げふっと息を吹きかけた。辺りは真っ暗にはならなかった。新月の所為だ。

「若先生、風流ってどう言う意味ですか?」

 それには答えず、

「その提灯、私が持とう」

 太吉は手を出し取ろうとしたが、間違えてお米の手を掴んだ。咄嗟に手をずらして棒を掴み直した。

 お米は嬉しかった。太吉は間違えたと照れて知らぬふりをして、

「危ないから、もう少しこちらに寄りなさい」

「はい」

 お米は胸がいっぱいで、小さな声で答えた。闇夜ではなかった。

「何か願い事した?」

「はい、しました」

「きっと叶うよ。お米ちゃんは、誰にでも優しいから神様はちゃんと見ているよ」

 お米は若先生に恋をしていた。その恋が結ばれることをお願いしていた。何だかくすぐったい気持ちがした。

「若先生は、何を願い事されました?」

「うん、別に無いね。特に願うことは無いからね」

「何もないんですか?どうしてあたしにだけ、願い事をしろとおっしゃったのですか?」

「新月を見ることは滅多にないからね。気が付かないことが多い。満月と同じように月に一度はあるはずなんだが」

「そう言えばそうですね。実はあたし、初めて見ました」

「そう言うものなんだ。満月は誰でも見ている。月に言わせれば不公平だ。それが新月へ神が宿る理由だ」

「神様がいらっしゃるのですか?」

「そうだ。暗闇に光を放たれ、夢と希望を叶えて下さる」

「あたし、もう一回お願いします」

 お米は立ち止まり、新月に手を合わせた。合わせた両手をおでこに付けて何度もお辞儀をした。

「余程の願い事があると見える。きっと叶えて下さるだろう」

「はい、ありがとうございます」

 願いは若先生と一緒になれることだ。知らぬこととは言え、当人から叶えて下さるだろうと言われ嬉しくなった。

「お米ちゃんの願い事とは何だろう?聞いてみたいな」

「言えません。絶対に…。あたし知られたら死んでしまいます」

「それは大変だ。しかし、そう聞くと益々聞きたくなる。誰にも言わぬ。少しだけ教えてくれないか?」

「嫌です。あたし一人で帰ります」

「ちょっと待ってくれ!」

 先に歩き出したお米の手を掴んだ。

「ごめん。悪かった。もう聞かない許して欲しい」

 お米の手はひんやりと冷たい手だった。太吉はそのまま握っていた。離したくなかった。

「すぐそこだ。送って行く」

「はい」

 心は送って欲しかった。それでもためらいがちに返事をした。心とは裏腹である。太吉は手を離した。

「手を握って下さい」

 お米は思い切って言った。太吉は思いがけない言葉に嬉しくなり、着物の腹で手を急いで拭きしっかりと握った。

                                          つづく

次回6回は8月10日火曜日朝10時に掲載します