Shopping Cart
Your Cart is Empty
Quantity:
Subtotal
Taxes
Shipping
Total
There was an error with PayPalClick here to try again
CelebrateThank you for your business!You should be receiving an order confirmation from Paypal shortly.Exit Shopping Cart

       4、淡き想い

「この深川を中心に江戸中を歩いたが、町医者の見習いをさせてくれるところは無かった。紹介状が必要だった」


「人の命を救うのだ、当然と言えば当然だ。流行り病の原因と治療法をどうしても学びたい」


「私は十五の時から父を手伝わされ、薬草の調合や雑用ばかりさせられた。しかしそれが楽しかった」


「いつしか医者になろうと思うようになっていた。ある時、父の往診中腹痛で駆けこんで来た人を治療した」


「いつの間にか、見よう見まねで治療を覚えていたのだ。結果が良くて、私を名指しする患者が出るようになった」


「父は苦笑いしていたが嬉しそうだった。以来往診中は診療を許された」


「そんな時にわけのわからない病が流行った。結果はさっき話した通りだ」


「父の残した処方記録や医術本は全部持って来た。この八年の間に全て暗記した」


「長崎から取り寄せた医術本には驚いた。和語に直してあるが様々な病の治療方法が書いてある。これも暗記した」


 俊介は市之進の顔を見た。こんな話をなぜするのだろう。


「実は、来月初めからここで町医者を始めるつもりだ」


「来月と言えば後半月しかない。大丈夫ですか?」


「佐久間さん、一緒にやらないか?」


 俊介はあまりにも突然の事でびっくりして返事に困った。


「仕官して武士になるのも人の道だ。医者になるのも人の道だ。しかし、医者は直接人を助けることが出来る」


「江戸は今、人がどんどん増えている。しかし、医者は極めて少ない。助かる命が失われている」


 市之進は俊介の目をじっと見ながら言った。俊介は目を逸らした。考えもしなかったことである。黙っていると、


「佐久間さん、直ぐ返事をくれなくて良い。考えてくれないか。貴公が酔った私を送ってくれた日から思っている」


「それはどういう理由です?」


「泥はねのことだ。私への泥はねは、わざとしたことではない。しかし、私はかっとして貴公に泥を投げつけた」


「その上、地面に貴殿を投げた。冷静さを失っていた。医者としてあるまじき事だ。その罪滅ぼしに酒を誘った」


「とんでもありません。はねたのは事実だし、先に殴りかかったのは私です」


「それは当然のこと、わざと泥を飛ばしたわけではないのだから正当な怒りだ」


「いや直ぐに謝らなかった私が悪いのです」


「そう言う相手を思いやる言葉が直ぐに出て来る。心根が優しい証拠だ。医者に一番必要なことだ」


 市之進は俊介の盃に酒をつぎながら、


「あの日は詫びのつもりで誘った酒だ。しかし、貴公と話しながら飲んでるうちに気持ちが軽やかになって、つい飲み過ぎてしまった」


「私もあんな楽しい酒は初めてでした。あれ以来、榊さんのお誘いを待っています。だからこうして一緒に飲むわけです」


「あの夜酔った私を介抱しながら送り届けてくれた。途中で正気に戻ったが酔ったふりをした。貴公の心からの介抱に感謝している」


「そうとは知りませんでした。美乃さん大変心配なさってましたよ」


「その美乃が佐久間様を連れて来て下さいと頼むのだ。あの日のお礼がしたいそうだ。明日の夜飯食いに来てくれないか?」


「お礼等とんでもない。でもお食事は遠慮なくお呼ばれしたいですね」


「そうか、来てくれるか。明日は一緒に帰ろう」


 俊介は顔いっぱいに嬉しそうであった。なぜか胸がときめいていた。そのことは市之進には知るすべもない。


                       つづく

次回は10月23日朝10時に掲載します