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     4、口直し

 「不味いな!何だこりゃー!」

 職人風の男が、里芋の煮つけを器ごと持ち上げて怒鳴る。お米が駆け寄る。周りの客が一斉に見る。

「どうしました?」

「不味いんだよ!辛くて食えねえよ」

「すみません、お取替えします」

「おい、ねーちゃん!不味いと言ってんだよ!」

 男の相方がお米をねめつけるようにして、さらに大声で言う。板場にも筒抜けだ。辰吉が出て来た。

「不味いんじゃ食わなくて良い!代は要らねえから、帰(け)ぇってくれ!」

「なんだとー!てめーなんだ!」

「俺が作ったんだ!帰えれ!」

「それが客に向かって言う言葉か!俺らはゆすりたかりじゃねえ!帰ぇれの前に言う言葉があるんじゃねえのか!」

 辰吉の言葉に、被せるような大声でまくし立てた。今日は竹蔵は休み。一日置きに店に出る。半隠居している。

「すみません、申し訳ありませんでした。すぐに作り直させていただきます」

 お米が頭を丁寧に下げる。それを見た辰吉はぐっと堪えて、黙って板場へ戻って行った。

「その必要は無い。その野郎に作れるはずがない。他で口直しをする」

 暗に口直し金を要求しているわけだ。

「わかりました。少しお待ち下さい」

 お米は板場に戻り、包み金を用意し始めた。

「その必要は無い。帰って貰いなさい」

 いつの間にか、入口に太吉が立っていた。

「あっ、若先生!」

 お米はほっとした。同時に昨日のことが思い出され、先生を危ない目に合わすわけにはいかないと思った。

「何だ?この野郎。わけも分からず余計な口を出すんじゃねえ!」

「大きな声だ、全て聞こえていた。ここは味のわかった常連の店だ。不味いのはお前の舌だ。場所を間違えたな」

 太吉は静かに諭すように言う。男はずばりと言われ、かーっときて殴りかかった。

 その手を掴んで引いたから堪らない。そのまま土間へ倒れた。男は起き上がりながら短刀を抜いた。もう一人も。

「狭い中では動けまい。表に出ようか」

 太吉は静かに言った。お米ははらはらしている。包み金を早くに渡していれば良かった。どうしよう。

 太吉は入口の突っ張り棒を手に表に出た。闇夜である。店の前だけおぼろに明るい。二人の男は入口に立った。

「どこにいる?」

「ははは、ここだ。おおーい!お米さーん、提灯で照らしてくれ!」

 お米と辰吉、そして店の客が5人提灯を手に出て来た。ぐるりと辺りを照らした。まるで舞台だ。

「辰さん、止めさせて相手は二人よ。お願い止めさせて!」

 お米は必死の形相で辰吉に言う。

「あいつらは常習だ。若先生が懲らしめてくれる。うん?相手は二人?若先生の心配か、馬鹿だな。見てな」

 言い終わらぬうちに、

「野郎!」

 二人は同時に短刀で真っすぐに突いて行った。同時ではどちらかは避けきれない。それが狙いでもある。

 相手は棒切れ一本である。万一くらっても死にはしない。思いっきり憎しみを込めて突いて行った。

 途端にびしびしっと連続音を聞いた。二人は腕に激痛が走しり短刀が落ちた。

 あっと思い相手を見ると今度は頭に激痛がした。同時に意識が遠くなった。二人は仰向けにひっくり返っていた。

 みんなはわーっと歓声を上げた。

「流石、若先生だ!」

 お米はその瞬間目を瞑っていた。歓声で目を開けると若先生が立っていた。嬉しくて涙が溢れて来た。

 腕を叩くに手加減はしなかったが、頭の一撃は加減をした。殺めてはつまらない。転がった二人を見て、

 「誰か水をかけてやってくれ」

 誰に言うともなく言い、2本の短刀を拾い上げ店に向かった。お米は急いで涙を拭き駆け寄り、

「ありがとうございました……」

 後は言葉にならなかった。

 店の前では、辰吉が桶の水を二人の頭に思いっきりぶちまけた。二人は目を開けた。

 何が何だかわからない様子だったが、大勢に囲まれ見られているのに気づき我に返った。

 起き上がり小法師のようにぱっと立ち上がると走り去った。

 後に残った5人の客は、

「馬鹿な奴らだ。若先生に向かって行くんだもんな」

「知らぬとは言え、災難だったかも。うふふふふ」

 見てる者も胸がすっとした。5人は笑いながら店に入って行った。

「みなさん、お口直しです。1本ずつお付けいたします」

 お米がにこにこして言う。

「おっ、ありがてえ!若先生のおかげです。ありがとうございます」

 太吉に向かって、それぞれ頭を下げお礼を言った。

 次の日、夕7つ(16時)昨夜の二人が店に入って来た。お米と辰吉は夜の支度にかかっていた。

 二人は恐る恐ると言うように入って来た。辰吉はさっと身構えた。

「昨日は悪かったな。忘れ物はなかったか?」

 昨日のことは無かったような平然とした言い方である。お米が答えた。

「口直し代かしら」

「とんでもねえごめんなすって。あの、その…」

 口ごもる。辰吉が即座に答える。

「短刀か?それなら若先生が預かっていらっしゃる。今夜来てみると良い」

「えっ、若先生?昨日の人か?」

「そうだ」

「何の先生だ?」

「深川一刀流の師範代だよ」

「げっ…」

 二人とも声が出なかった。顔を見合わすと、

「へぇ、もう要りません。これで失礼しやす。ごめんなすって」

 打って変わって丁寧な口の利き方になった。根っからの悪党ではないのかも知れない。

「そうかい、それでも良いが先生には謝っておいた方が良いぜ。狭い深川だ。どっかで顔を合わせないとも限らないぜ」

 二人はまた顔を見合わせた。恐怖の顔になった。余程、怖かったらしい。

「へい、お伺いしやす。何刻頃が良いですか?」

 宵5つ(20時)の鐘の音を合図のように二人はやって来た。若先生をすぐに見つけた。その場に両手を付いて、

「若先生、昨日は申し訳ありませんでした。こちらでは二度といたしません。どうぞご勘弁下さい」

「こちらではか?お前たちの商売だろうから仕方ないかも知れないが、これを機会に足を洗ったらどうだ?」

「へえ、職が無いんです。食っていかなけりゃなりませんので…」

「そうか、職があれば良いのだな。わかった。少し待て」

 太吉は立ち上がると板場に行った。竹蔵を見て、

「親爺さん、二人ほど大工に使ってやれませんか?」

「わかりました。若先生に頼まれれば二つ返事です。任せて下さい。あの二人ですね」

「かたじけない。よろしく頼みます」

 今度はお米に向き直って、

「昨日の短刀出してくれないか」

 太吉はさらしに巻かれた短刀を持って、二人の前に座った。

「仕事は決まった。大工だ。それで良いか?」

「へい!ありがとうございます。でも、あっしら使っていただけるのですか?」

「今、親方を紹介する。その前に昨日の忘れ物だ」

 さらし巻きの短刀を渡す。二人は恭しく頂戴すると、それぞれの鞘に納めた。

「その短刀、わしに預からせてくれないか?」

 二人は顔を見合わせた。そして、同時に答えた。

「へい、お預かりよろしくお願いいたしやす」

「よく言った。お前たちの本気がわかった。今親方を呼ぶ」

 呼ばれて竹蔵が二人の前に立った。

「この二人です。よろしくお願いします」

 二人は即座に立ち上がった。礼儀もわきまえているようだ。竹蔵に向かって、

「よろしくお願いしやす」

「ほう、立派な身体をしてる。良いね!明日は取り敢えずこの店の前に明け6つ半(7時)に来てくれ」

「へえ、わかりやした。よろしくお願いいたしやす」

 太吉がそれを引き取るように、

「よし、決まりだ。これから口直しをしよう」

「若先生、それはご勘弁願います」

 二人は頭をかきながら照れる。太吉はお米に手を振って指示を出す。

「わははは、おまえたちには今日の口初めだ。今日はわしのおごりだ。どんどん飲んでくれ」

                                       つづく

 次回5回は7月27日火曜日朝10時に掲載します