うちのひろと

♪退屈な待ち時間などに3分小説をどうぞ
面白い!気分が明るくなります。読後感が爽やかです
3分41話.5回8話.10回6話.15回7話.23回1話
時代小説9話
[がまの油売り][ひきょうもの][やぶ医者俊介]
[どんぶりめし][人に華あり][おつる][ちんこきり]
[護り屋異聞記] [片腕一刀流]
4、口直し
「不味いな!何だこりゃー!」
職人風の男が、里芋の煮つけを器ごと持ち上げて怒鳴る。お米が駆け寄る。周りの客が一斉に見る。
「どうしました?」
「不味いんだよ!辛くて食えねえよ」
「すみません、お取替えします」
「おい、ねーちゃん!不味いと言ってんだよ!」
男の相方がお米をねめつけるようにして、さらに大声で言う。板場にも筒抜けだ。辰吉が出て来た。
「不味いんじゃ食わなくて良い!代は要らねえから、帰(け)ぇってくれ!」
「なんだとー!てめーなんだ!」
「俺が作ったんだ!帰えれ!」
「それが客に向かって言う言葉か!俺らはゆすりたかりじゃねえ!帰ぇれの前に言う言葉があるんじゃねえのか!」
辰吉の言葉に、被せるような大声でまくし立てた。今日は竹蔵は休み。一日置きに店に出る。半隠居している。
「すみません、申し訳ありませんでした。すぐに作り直させていただきます」
お米が頭を丁寧に下げる。それを見た辰吉はぐっと堪えて、黙って板場へ戻って行った。
「その必要は無い。その野郎に作れるはずがない。他で口直しをする」
暗に口直し金を要求しているわけだ。
「わかりました。少しお待ち下さい」
お米は板場に戻り、包み金を用意し始めた。
「その必要は無い。帰って貰いなさい」
いつの間にか、入口に太吉が立っていた。
「あっ、若先生!」
お米はほっとした。同時に昨日のことが思い出され、先生を危ない目に合わすわけにはいかないと思った。
「何だ?この野郎。わけも分からず余計な口を出すんじゃねえ!」
「大きな声だ、全て聞こえていた。ここは味のわかった常連の店だ。不味いのはお前の舌だ。場所を間違えたな」
太吉は静かに諭すように言う。男はずばりと言われ、かーっときて殴りかかった。
その手を掴んで引いたから堪らない。そのまま土間へ倒れた。男は起き上がりながら短刀を抜いた。もう一人も。
「狭い中では動けまい。表に出ようか」
太吉は静かに言った。お米ははらはらしている。包み金を早くに渡していれば良かった。どうしよう。
太吉は入口の突っ張り棒を手に表に出た。闇夜である。店の前だけおぼろに明るい。二人の男は入口に立った。
「どこにいる?」
「ははは、ここだ。おおーい!お米さーん、提灯で照らしてくれ!」
お米と辰吉、そして店の客が5人提灯を手に出て来た。ぐるりと辺りを照らした。まるで舞台だ。
「辰さん、止めさせて相手は二人よ。お願い止めさせて!」
お米は必死の形相で辰吉に言う。
「あいつらは常習だ。若先生が懲らしめてくれる。うん?相手は二人?若先生の心配か、馬鹿だな。見てな」
言い終わらぬうちに、
「野郎!」
二人は同時に短刀で真っすぐに突いて行った。同時ではどちらかは避けきれない。それが狙いでもある。
相手は棒切れ一本である。万一くらっても死にはしない。思いっきり憎しみを込めて突いて行った。
途端にびしびしっと連続音を聞いた。二人は腕に激痛が走しり短刀が落ちた。
あっと思い相手を見ると今度は頭に激痛がした。同時に意識が遠くなった。二人は仰向けにひっくり返っていた。
みんなはわーっと歓声を上げた。
「流石、若先生だ!」
お米はその瞬間目を瞑っていた。歓声で目を開けると若先生が立っていた。嬉しくて涙が溢れて来た。
腕を叩くに手加減はしなかったが、頭の一撃は加減をした。殺めてはつまらない。転がった二人を見て、
「誰か水をかけてやってくれ」
誰に言うともなく言い、2本の短刀を拾い上げ店に向かった。お米は急いで涙を拭き駆け寄り、
「ありがとうございました……」
後は言葉にならなかった。
店の前では、辰吉が桶の水を二人の頭に思いっきりぶちまけた。二人は目を開けた。
何が何だかわからない様子だったが、大勢に囲まれ見られているのに気づき我に返った。
起き上がり小法師のようにぱっと立ち上がると走り去った。
後に残った5人の客は、
「馬鹿な奴らだ。若先生に向かって行くんだもんな」
「知らぬとは言え、災難だったかも。うふふふふ」
見てる者も胸がすっとした。5人は笑いながら店に入って行った。
「みなさん、お口直しです。1本ずつお付けいたします」
お米がにこにこして言う。
「おっ、ありがてえ!若先生のおかげです。ありがとうございます」
太吉に向かって、それぞれ頭を下げお礼を言った。
次の日、夕7つ(16時)昨夜の二人が店に入って来た。お米と辰吉は夜の支度にかかっていた。
二人は恐る恐ると言うように入って来た。辰吉はさっと身構えた。
「昨日は悪かったな。忘れ物はなかったか?」
昨日のことは無かったような平然とした言い方である。お米が答えた。
「口直し代かしら」
「とんでもねえごめんなすって。あの、その…」
口ごもる。辰吉が即座に答える。
「短刀か?それなら若先生が預かっていらっしゃる。今夜来てみると良い」
「えっ、若先生?昨日の人か?」
「そうだ」
「何の先生だ?」
「深川一刀流の師範代だよ」
「げっ…」
二人とも声が出なかった。顔を見合わすと、
「へぇ、もう要りません。これで失礼しやす。ごめんなすって」
打って変わって丁寧な口の利き方になった。根っからの悪党ではないのかも知れない。
「そうかい、それでも良いが先生には謝っておいた方が良いぜ。狭い深川だ。どっかで顔を合わせないとも限らないぜ」
二人はまた顔を見合わせた。恐怖の顔になった。余程、怖かったらしい。
「へい、お伺いしやす。何刻頃が良いですか?」
宵5つ(20時)の鐘の音を合図のように二人はやって来た。若先生をすぐに見つけた。その場に両手を付いて、
「若先生、昨日は申し訳ありませんでした。こちらでは二度といたしません。どうぞご勘弁下さい」
「こちらではか?お前たちの商売だろうから仕方ないかも知れないが、これを機会に足を洗ったらどうだ?」
「へえ、職が無いんです。食っていかなけりゃなりませんので…」
「そうか、職があれば良いのだな。わかった。少し待て」
太吉は立ち上がると板場に行った。竹蔵を見て、
「親爺さん、二人ほど大工に使ってやれませんか?」
「わかりました。若先生に頼まれれば二つ返事です。任せて下さい。あの二人ですね」
「かたじけない。よろしく頼みます」
今度はお米に向き直って、
「昨日の短刀出してくれないか」
太吉はさらしに巻かれた短刀を持って、二人の前に座った。
「仕事は決まった。大工だ。それで良いか?」
「へい!ありがとうございます。でも、あっしら使っていただけるのですか?」
「今、親方を紹介する。その前に昨日の忘れ物だ」
さらし巻きの短刀を渡す。二人は恭しく頂戴すると、それぞれの鞘に納めた。
「その短刀、わしに預からせてくれないか?」
二人は顔を見合わせた。そして、同時に答えた。
「へい、お預かりよろしくお願いいたしやす」
「よく言った。お前たちの本気がわかった。今親方を呼ぶ」
呼ばれて竹蔵が二人の前に立った。
「この二人です。よろしくお願いします」
二人は即座に立ち上がった。礼儀もわきまえているようだ。竹蔵に向かって、
「よろしくお願いしやす」
「ほう、立派な身体をしてる。良いね!明日は取り敢えずこの店の前に明け6つ半(7時)に来てくれ」
「へえ、わかりやした。よろしくお願いいたしやす」
太吉がそれを引き取るように、
「よし、決まりだ。これから口直しをしよう」
「若先生、それはご勘弁願います」
二人は頭をかきながら照れる。太吉はお米に手を振って指示を出す。
「わははは、おまえたちには今日の口初めだ。今日はわしのおごりだ。どんどん飲んでくれ」
つづく
次回5回は7月27日火曜日朝10時に掲載します
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