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     40、出産

 松崎がおつるの妊娠を聞いてから半年になる。お腹が目立っていた。先月から店内に殆ど出なくなった。


 おつるにもしものことがあったらと、松崎の心配からであった。松崎は、無事の出産を毎朝夕に神棚に祈っていた。


 店内は客が引きも切らず訪れていた。番頭の治助,手代の和助と吉松は客にかかりっきりであった。


 今日の松崎は、いつものごとく帳場に座っているが帳面を開いたまま、そわそわと落ち着かない。


 その時、およねがどたどたと奥から走り寄って来た。


「旦那様!生まれました。男の子です」


 喜びのあまり、ひそめたはずの声は大声であった。店内中に聞こえた。客も一緒になって拍手した。


 松崎は悠然とゆっくり立ち上がり、奥へ入って行った。途端、そこからは廊下をどたどたと走った。


 別棟での出産を松崎が許さなかった。そばにいて欲しいその思いを通した。2人の部屋から赤子の泣き声が聞こえる。


 部屋の前で呼吸を整え、


「入っても良いか?」


「どうぞお入りください」


 取揚婆が言う。落ち着いたふりをして襖を開ける。


「おつる、大丈夫か?」


「はい、男の子です」


 おつるは松崎を見ると、やつれ気味の顔をにっこり微笑んで応えた。取揚婆が晒にくるまれた赤子をそっと渡す。


「おお!おちんちんが付いてるぞ!」


 声に驚いて赤子がまた泣き出した。おろおろしていると、取揚婆は松崎からそっと抱き取りおつるに渡す。


 おつるは胸を開いて乳房を含ませた。その小さな乳首をくわえると泣き止んだ。


 まだ、少ししか出ない乳をくいくいと吸う。おつるは自分が母になったと実感した。嬉しくて涙が出て来た。


「おつる、良く頑張ったね。良く頑張ったね」


 松崎は母子の後ろからそっと手をまわし、柔らかく抱いた。目から涙が溢れていた。


 名を松崎隼人の隼をとって、隼一郎(しゅんいちろう)と名付けた。山形屋5代目の誕生である。


 庭の桜が音もなく花びらを散らしていた。暖かい陽ざしを受けてきらきらと舞い輝いていた。おつるの心のように。


                       終わり

 10か月の長い間お読み下さいましてありがとうございました。来週から新作時代小説が始まります。どうぞよろしくお願い致します。