うちのひろと

♪退屈な待ち時間などに3分小説をどうぞ
面白い!気分が明るくなります。読後感が爽やかです
3分41話.5回8話.10回6話.15回7話.23回1話
時代小説9話
[がまの油売り][ひきょうもの][やぶ医者俊介]
[どんぶりめし][人に華あり][おつる][ちんこきり]
[護り屋異聞記] [片腕一刀流]
4、呉服屋市松
深川の呉服屋市松に帰り着いたのは、夕7つ半(17時)を過ぎていた。店脇の通い口から入って行った。
この時間になると客はほとんどいない。今、手代が最後の客を送り出したばかりであった。
番頭は、通い口から入る旦那に気付いた。
「旦那様のお帰りです!」
番頭は足早に駆け寄った。全員立ち上がった。
「お帰りなさいませ。ご無事で何よりでございます。奥様お疲れになったでございましょう」
と言いながら、奥様の後ろへ控える娘に目をやった。
「後で皆に紹介する。親戚の娘だ。それについては相談がしたい。明日の朝一番に、私の部屋に顔を出してくれ。おつるさんだ」
「つるにございます。どうぞよろしくお願い致します」
「こちらこそよろしくお願い致します」
二人が頭を上げると、
「番頭さん、浅草の芋ようかんですよ。皆で召し上がって下さいね」
女房は風呂敷包みを手渡す。
「みんな!留守の間ありがとう」
旦那の一松は少し大きめの声で言う。
「番頭さん、変わったことは無かったかな?」
「いえ、ありません」
「そうですか、留守中ありがとう。ご苦労様。今日はもう早仕舞にしなさい」
通い口を出た三人はその先の玄関口から入って行った。
「お帰りなさいませ」
玄関の引き戸の音に女中が出て来た。
「お風呂の用意は出来ております」
「そうか、ありがとう。まずはお茶を頼む」
玄関板敷の隣が、六畳二間続きの客間である。いつもならその先の夫婦自室に入るのだが、今日はそこでお茶を飲んだ。
「おつるさん疲れただろう。自分の家と思ってゆっくりしなさい。絹江、おつるさんの部屋はどこにしようか?」
「千代の隣部屋ではいかがでしょう?久しく使っておりませんが、毎日綺麗にしてあります」
「そうだ、それが良い」
一松は手を二度叩いた。
女中の千代が返事とともに入って来た。
「千代、おつるさんをお前の隣の部屋に案内しなさい。今日からここに住む。よろしく頼む」
千代は三十路を過ぎた大年増である。先代の時から女中として仕えている。
「つると言います。よろしくお願いします」
「千代です。こちらこそどうぞよろしくお願い致します」
そこは六畳一間で障子を開けると板の間1畳半。その前には薄暗くなってはいたが庭が広がっていた。
板の間の左側は押し入れ。中に夜具が用意されていた。実は来客用の部屋であった。
「おつる様、お食事は後でお届け致します」
「千代さん、様はやめて下さい。おつるでお願いします」
千代はにっこり笑って、
「はい!わかりました」
と言った。おつるは気が合いそうだと直感した。にっこり笑い返した。
しばらくして絹江が訪れた。
「よろしいかしら?」
「はいどうぞ、お入りください」
おつるは自分から襖を開けた。
「これ、私が若いころに来た単衣です。普段着に着ていただけるかしら?それと浴衣と襦袢です。使って下さいね」
「女将さん、ありがとうございます」
おつるは両手を付いてお礼を言う。
「必要なものがあったら遠慮なく言ってね。今夜の食事は部屋に届けさせますが、明日からは千代と一緒に食べてね」
「色々お気遣いいただきまして、ありがとうございます」
女将が出て行くのを待っていたかのように、千代が食事を運んできた。
「おつるさん、お腹空いたでしょう。お食事です」
「すみません、ありがとう。千代さんは食べましたか?」
「いえ、これからです」
「じゃ、ここで食べましょう」
「それはだめです。叱られます。私は台所です」
「じゃ私が台所へ行きます」
おつるは千代が持って来た膳を持ち上げると、
「一緒に食べましょう」
台所へ行くと丁稚二人が食事の最中であった。
二人は立ち上がると手で口を押え黙って頭を下げた。口の中がいっぱいで声が出せない。
「私も一緒させて下さいね」
と言いながら、丁稚の顔を見て驚いた。
「吉松じゃないの、あなたここにお世話になっていたの」
「はい、辞めさせられたのです」
「……苦労させたわね……」
おつるは絶句した。
つづく
次回は7月9日火曜日朝10時に掲載します
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