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   4、呉服屋市松

 深川の呉服屋市松に帰り着いたのは、夕7つ半(17時)を過ぎていた。店脇の通い口から入って行った。


 この時間になると客はほとんどいない。今、手代が最後の客を送り出したばかりであった。


 番頭は、通い口から入る旦那に気付いた。


「旦那様のお帰りです!」


 番頭は足早に駆け寄った。全員立ち上がった。


「お帰りなさいませ。ご無事で何よりでございます。奥様お疲れになったでございましょう」


 と言いながら、奥様の後ろへ控える娘に目をやった。


「後で皆に紹介する。親戚の娘だ。それについては相談がしたい。明日の朝一番に、私の部屋に顔を出してくれ。おつるさんだ」


「つるにございます。どうぞよろしくお願い致します」


「こちらこそよろしくお願い致します」


 二人が頭を上げると、


「番頭さん、浅草の芋ようかんですよ。皆で召し上がって下さいね」


 女房は風呂敷包みを手渡す。


「みんな!留守の間ありがとう」


 旦那の一松は少し大きめの声で言う。


「番頭さん、変わったことは無かったかな?」


「いえ、ありません」


「そうですか、留守中ありがとう。ご苦労様。今日はもう早仕舞にしなさい」


 通い口を出た三人はその先の玄関口から入って行った。


「お帰りなさいませ」


 玄関の引き戸の音に女中が出て来た。


「お風呂の用意は出来ております」


「そうか、ありがとう。まずはお茶を頼む」


 玄関板敷の隣が、六畳二間続きの客間である。いつもならその先の夫婦自室に入るのだが、今日はそこでお茶を飲んだ。


「おつるさん疲れただろう。自分の家と思ってゆっくりしなさい。絹江、おつるさんの部屋はどこにしようか?」


「千代の隣部屋ではいかがでしょう?久しく使っておりませんが、毎日綺麗にしてあります」


「そうだ、それが良い」


 一松は手を二度叩いた。


 女中の千代が返事とともに入って来た。


「千代、おつるさんをお前の隣の部屋に案内しなさい。今日からここに住む。よろしく頼む」


 千代は三十路を過ぎた大年増である。先代の時から女中として仕えている。


「つると言います。よろしくお願いします」


「千代です。こちらこそどうぞよろしくお願い致します」


 そこは六畳一間で障子を開けると板の間1畳半。その前には薄暗くなってはいたが庭が広がっていた。


 板の間の左側は押し入れ。中に夜具が用意されていた。実は来客用の部屋であった。


「おつる様、お食事は後でお届け致します」


「千代さん、様はやめて下さい。おつるでお願いします」


 千代はにっこり笑って、


「はい!わかりました」


 と言った。おつるは気が合いそうだと直感した。にっこり笑い返した。


 しばらくして絹江が訪れた。


「よろしいかしら?」


「はいどうぞ、お入りください」


 おつるは自分から襖を開けた。


「これ、私が若いころに来た単衣です。普段着に着ていただけるかしら?それと浴衣と襦袢です。使って下さいね」


「女将さん、ありがとうございます」


 おつるは両手を付いてお礼を言う。


「必要なものがあったら遠慮なく言ってね。今夜の食事は部屋に届けさせますが、明日からは千代と一緒に食べてね」


「色々お気遣いいただきまして、ありがとうございます」


 女将が出て行くのを待っていたかのように、千代が食事を運んできた。


「おつるさん、お腹空いたでしょう。お食事です」


「すみません、ありがとう。千代さんは食べましたか?」


「いえ、これからです」


「じゃ、ここで食べましょう」


「それはだめです。叱られます。私は台所です」


「じゃ私が台所へ行きます」


 おつるは千代が持って来た膳を持ち上げると、


「一緒に食べましょう」


 台所へ行くと丁稚二人が食事の最中であった。

二人は立ち上がると手で口を押え黙って頭を下げた。口の中がいっぱいで声が出せない。


「私も一緒させて下さいね」


 と言いながら、丁稚の顔を見て驚いた。


「吉松じゃないの、あなたここにお世話になっていたの」


「はい、辞めさせられたのです」


「……苦労させたわね……」


 おつるは絶句した。


                        つづく

次回は7月9日火曜日朝10時に掲載します