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   3.疫病

 長屋は四畳半なく六畳であった。部屋は綺麗に整頓され掃除が行き届いている。女性が部屋にいるとこうも違うものか。


その六畳に市之進は寝そべるように横になった。酔いがさらに回ったようだ。その妹が掻い巻きを上からそっと掛けた。


「どなたか存じませんが、ありがとうございました。いつもは酔っても、こんなになることはありません。余程心を許したのだと思います。本当にありがとうございました」


 俊介は妹に、二度までも丁寧にお礼言われて嬉しくなった。なぜか胸がどきどきしている。こんな気持ちは初めてのことである。この場を去りがたいが、役目は終えた。


「では、失礼致す。お大事下され」


 妹がすぐさま側に寄って来て、


「失礼ですが、お名前をお聞かせ下さいませ」


「名乗る程ではありません。土こね仲間です」


「兄に叱られます。お教え下さいませんか?」


「それは困りましたね。佐久間です。では、」


 とあっさりいとまをしたが、帰りの道々彼女の顔が俊介の頭から離れなかった。


 名前すら知らないと思うにつけ、人に名を聞く時は先に名乗るものだと思ってみたりした。


 この日を境に、時々二人は一緒に酒屋の立ち飲みをするようになった。居酒屋で飲むほどの余裕はなかった。


 二人は馬が合うのか、話などほとんどしなく黙って飲んでいた。この日、思い切ったように俊介が口を開いた。


「榊さんはかなりの遣い手と思いますが、仕官はされないのですか?」


「うむ、その気はない」


「何かわけがおありでは?」


「うむ、酒の肴に話そうか……」


「是非お聞かせ下さい」


 俊介は妹の話を聞きたかったのである。


「郷里を出て八年になる。ある理由から父母を相次いで亡くし、十二歳になったばかりの妹を連れて江戸へ出て来た」


「そうだ!妹君のお名前は何と言われます?」


「美乃と言う。もう年頃になったが兄として何にもしてやれぬ。不憫でな……。あっ、余計なことを話した」


「一度お会いしただけですが、綺麗なお人ですね」


 それには答えず、


「どこまで話したかな?そうだ、江戸へ出て来た時の話だった」


 榊は話すのをためらうかのように唾をのんだ。


「父は町医者をしていた。当時、わけのわからない病が流行っていて、患者が次々と亡くなった」


「父にはどうすることも出来なかったようだ。そのうち、父の治療が悪くて死んだと噂されるようになった」


「母もその病で亡くなった。父は自分の未熟さに責任を感じて自害した……。私は医術を学びに江戸へ来た」


                       つづく

次回は10月16日朝10時に掲載します