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    37.外回り

 秘策は、昨夜松崎から受けた口伝からであった。


「松崎様、私は女将を辞めようと思います。お腹が目立ってきたらお客様の前には出られません」


「それでどうしようと言うのだ」


「はい、これまでは言い出せませんでしたが、これからは妻として一生懸命沿うて行きたいと思います」


「うむ、これからもこれまでも私の妻だ。そんなに気負わなくても良い」


「ありがとうございます。それでお話があります。山形屋ののれんは代々旦那様です。松崎様に旦那様になっていただきたいのです」


「ははは、それは無理だ。まだ修業が足りぬ。これからも帳付けとして修業をさせてくれ」


「そんな……」


「山形屋初めての女将だ。それに着物の主流は女だ。これまで呉服屋に女将がいなかったのが不思議だ。女将を続けることだ。まして、まだ再建の途中だ」


「はい、わかりました。それではこれまで通りお知恵を拝借致します」


 おつるは再建の言葉を聞いて、気を取り直したかのように、身を引き締めた。


「おつるさん、我々は明日婚姻する。これを良き日として、再建への盤石の礎の日とする」


「どう言うことでしょうか?」


「店の者にも、喜びと士気を高めて上げたい」


「どうすれば良いのでしょうか?」


「役付けを上げてやることだ。もちろん給金も上げてやる。それには売り上げを増やすことだ」


「どうすれば良いのでしょう?」


「それは女将の考えることだ」


「考えていることがあります。松崎様がいつもおっしゃっている、着物を欲しいと思う者は客だ。金持ちと貧乏人。そして貴賤に関係なしとおっしゃった言葉です」


 おつるは決意を込めたように松崎を見た。


「そのお言葉通りです。ですから明日より、私と吉松でしもたやと長屋を訪問します。半年払いで着物を買って貰おうと思います」


「それは良い考えだ。しかし、残額の回収は大丈夫かな?」


「はい、着物や反物は、半年の支払いが済んでからお渡します。それまでは、毎月山形屋の支払い札を渡します」


「おつるさん、流石だ!誰もやったことが無いことだ。色々予期せぬこともあるだろうが、やってみることだ」


 夕7つ半(17時)吉松が帰って来た。嬉しそうにこにこ笑いながら大きな声で、


「番頭さん、女将さんをお願いします」


 治助は番頭さんと初めて呼ばれた。嬉しさを隠しきれない喜びの顔をして、


「今、お呼びして来る」


 おつるがすぐに出て来た。


「吉松、どうでしたか?」


「売れました。それと半年払いが2軒あります」


 頬を紅潮して言う。一人での外回りは初めてである。


「良くやりましたね。どんなところで売れましたか?」


「はい、初めは長屋を回りました。山形屋と聞いて、誰も相手にしてくれません。ここは長屋だよ。お屋敷と間違えたんじゃない?と井戸端のおかみさん達に大笑いされました」


「良いところに目を付けましたね。それでどうしました?」


「1朱(6千円)から買えますと言うと、古着じゃあるまいし天下の山形屋さんで買えるわけがないと、又大笑いです」


「1朱づつ半年払っていただきますと言うと、6朱ならわかるけど、そんな大金あるわけないじゃないかと言います」


「いえ、毎月1朱づつ払うんですと言うと、そのくらいならね。見せてご覧というから広げました」


「4人のうち2人が反物を手に取って、これに決めた。流石山形屋さんだね。1朱づつで良いんだね。買うよと言いました」


「いえ、お品は払い終わってのお渡しになります。と言うと、そう言うことかやーめたと断ってきました」


「するともう一人が、あたし、買う。月に1朱だったら旦那に内緒で大丈夫。半年の我慢は平気。山形屋の着物だよと嬉しそうに言う」


「今度は断った方もやっぱりあたしも買うと言って、へそくり持って来ると部屋に取りに行った」


「後の二人はうらやましそうに見ていた。旦那に相談するから又来てと言う」


「その後嬉しくなって長屋ばかり12棟回りましたが、全部断られました。井戸端で4人一緒だから良かったのですね」


「がっくりきて、しもたやを通りかかったら、植木に水をやっているおじいさんがいました「こんにちわ」と声を掛けると、何を担いでると聞くから反物ですと言うと、重いだろう少し休んで行くけと、縁側に座らせてくれました」


「わけを話すと、わしは老いぼれて遠くまで歩けないが、ばあさん孝行がしたくてな。「ばあさんちょっと来い」と呼んで買ってくれました。両方とも運が良かったです」


「吉松、良くやりましたね。運も仕事のうちです。大したものです。荷物を解いて少し休みなさい」


 治助はその話を聞いて驚いた。客が先払いで品物を買う。そんなことがあるのかと。


「番頭さん、聞いての通りです。これからは長屋の人達もお客様になっていただきます。春の仕入れはそのことも含んでおいて下さい」


「とうすれば良いのでしょうか?」


「これまでは、どこよりも良いものを競って仕入れてきました。それはこれまで通りです。加えて、普段に着る手軽に買える品の、仕入れもお願いします」


 この日、おつるもしもたやと長屋を回った。6軒の月掛け販売が出来た。手応えを十二分に分に感じた。


 ひと月もすると町の話題になっていた。これには同業の横やりはなかった。客層が違ったからである。


 その客層に変化が起きていた。現物の予約が殆ど無くなった。購入する半年後に選びたいと言う。心理である。


 残念なことがあった。おつるの懐妊は間違いであった。半月遅れて月のものはあった。


 松崎はがっかりした。おつるはそれ以上に落胆した。しかし、落ち込んではいられなかった。


 月掛け客がどんどん増え、僅かふた月で100人を超えた。予想を超えた客数である。


 月掛けという初めての試みにも関わらず、客は安心して応じてくれた。山形屋ののれんのおかげであった。    


                               つづく

次回は2月25日朝10時に掲載します