うちのひろと

♪退屈な待ち時間などに3分小説をどうぞ
面白い!気分が明るくなります。読後感が爽やかです
3分41話.5回8話.10回6話.15回7話.23回1話
時代小説9話
[がまの油売り][ひきょうもの][やぶ医者俊介]
[どんぶりめし][人に華あり][おつる][ちんこきり]
[護り屋異聞記] [片腕一刀流]
36、婚姻届け
「どうした?最近、黙っていることが多くなったが、何か心配事があるのだろう。話してごらん」
「いえ、何でもありません」
「嘘をつくな、その顔が物語っている。話してごらん」
「はい、実は……」
「何だ、どうした?その心配そうな顔は。話してごらん」
「…子供が出来たようです…」
「それは誠か!至極の喜びだ。おつるさんありがとう」
松崎は、おつるのお腹に耳を寄せ片手で摩りながら、
「おい、聞こえるか?父上だぞ!元気で出て来いよ」
おつるは満顔の笑みになって、
「まだ、早いですよ。でも、これからお腹がだんだん大きくなっていきます。店の者の手前どうしたらいいものかと…」
おつるは婚姻はあきらめていた。一生日陰者で良いと思っていた。
「そうか、その心配をしていたのだな。簡単なことだ。明日、みんなに夫婦名乗りをしよう」
「松崎さんはお侍さんですよ。出来るわけがないじゃないですか」
「侍と言ってもどうにもならない浪人者だ。辞めれば良いことだ」
「そんなこと出来るわけないじゃないですか?」
「おつるさんを好きになった時から、それは考えていた。私はこれから商人になる」
「ご自分のご意志だけで決められるものですか?」
「今の世の中、幕府の失政で浪人者が溢れている。その幕府が浪人を野放しにしている。罪を犯さなければ何をしようとお構いなしだ」
「この川越にも、浪人を多く見かけるようになりました」
「そうだ、江戸で食い詰めて、近隣の藩へ流れている」
「これから、どうなるのでしょう?」
「益々増えるだろう。これだけ世の中が平和であれば、武力など必要ない。これからは知力だ。商人の時代だ」
「そんな時代が来るのでしょうか?」
「来る。いや、もう始まっている。だから、武士を辞める。そうすれば婚姻に何の問題も無い」
おつるは、松崎の言葉に衝撃を受けた。私のために武士を捨てる。これ以上の愛があろうか。
「改めて言う。おつるさんと婚姻する。明日、町役に届ける。みんなにはその後で知らせる。いいね」
おつるの目に涙が込み上がって来た。喜びと嬉しさに身体が震えてきた。その場に伏して泣いた。
翌朝、辰の刻(10時)松崎とおつるは町役を訪れた。2月の半ば、日差しが温かく、春を思わす良い天気であった。
手続きは意外なほど簡単に行われた。人別帳に厩橋藩浪人松崎隼人、山形屋おつる婚姻と記載された。
「蕎麦でも食べていくか?」
「はい」
おつるはまぶしそうににっこり笑って返事する。日差しがまぶしいのではない、松崎を見るのがまぶしいのである。
初めて2人での外食である。中へ入って行った。
「何にする?」
「お任せします」
「私はもり蕎麦だ。おつるさんは好きなものを食べなさい。温かい方が良いだろう」
「同じもり蕎麦にします」
「そうか、ではもり蕎麦2枚頼む」
「あのう、お願いがあります」
おつるは俯いて言う。
「どうした?何かあったか?夫婦になったんだ。何でも遠慮せずに言いなさい」
「…おつるさんと言うのは止めていただきたいのです。おつると呼んで下さい」
「はは、そうだな。おつる!これで良いね」
「はい」
おつるは嬉しそうに頬をほんのり染めて言う。初々しいお嫁さんの誕生である。
店脇の通用口から2人は入って行った。和助は客の応対をしている。治助がすぐに駆け寄って来た。
「おかえりなさいませ」
2人がこうして出かけたことは初めてである。治助は何事かあったのではと心配だが、自分からは聞けない。
「変わったことはありませんでしたか?」
おつるが聞いて来た。
「はい、今朝は1反売れました。さらに今、和助がお客様をご案内致しております」
「流石、治助ですね。私達がいなくても心配ありませんね」
「とんでもありません。いつも通りに、一生懸命やらせていただいております」
「今日は帰りに、みんなに話があります。よろしくお願いね。およねも一緒にお願いね」
「わかりました。他には何かありますか?」
「いいえ、それだけです」
「はい、わかりました」
暮れ6つ(18時)雨戸が閉められ閉店した。手代3人と丁稚とおよねが並んで待った。
おつるが入って来た。帳場の松崎の所に行き頭を下げると、松崎はすくっと立ちおつると並んだ。
「みなさん、私達は婚姻しました。今朝、届をして来ました。よろしくお願いします」
5人は顔を見合わせ一様に驚いたがすぐさま、
「おめでとうございます」
口々に言った。
「ありがとう。仕事の役割は、これまで通りです。女将の私、帳付けの松崎さんもそのままです」
「ただし、明日から治助は番頭見習いとします。和助は手代頭、吉松は手代にします。もちろん、給金も上げます。頑張って下さい。以上です」
3人は一様に驚いた顔をしたが、喜びを隠しきれない。およねが治助を嬉しそうに見ていた。
翌日から吉松は外回りを言い渡された。山形屋の秘策が始まった。
つづく
次回は2月18日火曜日朝10時に掲載します
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