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    33、運命

 帳簿合わせは、元々は店を閉めた直後におつるが一人で行なっていた。皆への食事の配慮から食後に行うようにした。


 松崎が帳付けするようになってからも、それは変えなかった。食後4半刻(30分)の休みを入れた後、行っていた。


 食事はおつるを含む5人が一緒に席に着いた。丁稚も平等である。吉松の横に並んで食べた。老舗には珍しいことであった。


 松崎は極めて早食いだった。みんなの食事半ばには立ち上がり、自室へ戻って行った。


 おつるはいつも最後に席を立った。今日は部屋に戻るとそわそわしていた。帳簿は開いたが開いただけ。


「おつるさん、良いかな?」


 松崎の声にはっとして、両手で髪を撫でつけ、


「どうぞ入って下さい」


 帳簿合わせはいつもより早く、4半刻程で終わった。


「ご苦労様でした。それではお酒の用意をして参ります」


 おつるは嬉しそうな顔をして部屋を出て行った。台所へ行くと、火は落としてあったが鉄瓶の湯はまだ熱かった。


 徳利2本に酒を注ぎ、そのままその中に入れた。その間にかまぼことちりめん雑魚の佃煮を小皿に用意した。


 鉄瓶から2本の徳利を出し、新たに2本の徳利を入れた。盆につまみの小皿と2本の徳利を乗せ部屋に戻って行った。


「お待たせしました」

おつるは松崎の前に盆を置いて前に座った。いかにも嬉しそうである。徳利を手に持ち、


「どうぞ」


 きゅっと一口に飲み、


「さ、おつるさんも」


 おつるは注がれた盃に口を付けると盆に置いた。今度は再び松崎に酌をした。


「今日はありがとうございました。お客様のことを考えているようで、考えていなかったことに気が付きました」


「商売は全くわからない。ただ剣の極意を述べたまでよ。全ては勝つためだ。商売は売るためだ」


「売るための極意があるのでしょうか?」


「それはわからない。しかし、剣も商売も人間と人間の立ち合いだ。ただ勝てば良い、売れば良いではないはずだ」


「それが固定観念のお話ですね」


「そうだ、客を知ることだ。客を良く観察すれば、客の心が見えてくる。そこに邪心があってはならない」


「どうしても最後は、売るための駆け引きをしてしまいます。すると客に見抜かれるのか、するりと逃げられます」


「それは剣の極意そのままだ」


「松崎さん、私に剣の極意を教えていただけませんか?」


 おつるは酌をする。いつの間にか2本目の徳利も空になった。おつるは立ち上がり、台所に酒を取りに行った。


 鉄瓶の湯はぬるくなり、この2本でもう燗は出来ない。5合程残った一升徳利も、そのまま持って部屋に戻った。


 たちまち4本目が終わり、1升徳利から並徳利に移し替えた。おつるは冷酒を酌した。


 6本目になると松崎の様子がおかしい。上体を大きく揺らし始めた。さほど強くない酒飲みである。


 松崎は倒れそうになった。おつるは咄嗟に上体を抱きかかえた。二人はもつれるようにそのまま畳に倒れた。


 おつるは松崎の上にかぶさるように倒れ込んだ。


「すまない、少し酔ったようだ」


 目の前におつるの顔がある。


「少しお休みになった方が良いですよ」


 おつるは抱きかかえていた両手を外し、そっと頭を抱えるようにして仰向けに横たわせた。


 その時、松崎の両手が伸びておつるは抱きすくめられた。苦しいくらい力いっぱいに抱きすくめられた。


「おつるさん、好きだ」


 おつるの身体から力が抜けていく。嬉しくて夢のようだ。抱きしめ返したかったが自分からは恥ずかしくて出来ない。


「私も好きです。ずっと前から好きでした」


 言いかけたその口を吸われた。松崎はそのまま身体を反転し、おつるの上になった。長い口付けだった。


 袖脇から手が入って来た。乳房をぎゅっと掴まれた。口は吸われたままである。声が出せない。恥ずかしかった。


 その後は思い出せない。気が付いた時は松崎の身体が自分の中で動き続いていた。嬉しくて涙が溢れてきた。


 急にそれは奥深く入って来た。同時に息吹を感じ生暖かさが広がった。松崎の動きが止まり激しい呼吸をしている。


 松崎はおつるの涙に気付いた。両手でその目の涙を、そっと撫でるように拭いた。


「おつるさん、一緒になってくれ」


「こんな私で良いのですか?」


「全て承知の上だ。一緒になってくれ」


 おつるは泣き出した。声を抑えて泣いた。暫く泣いた後、松崎に向かい真っすぐに座り、両手を付いた。


「よろしくお願い致します」


                        つづく

次回は1月28日火曜日朝10時に掲載します