Shopping Cart
Your Cart is Empty
Quantity:
Subtotal
Taxes
Shipping
Total
There was an error with PayPalClick here to try again
CelebrateThank you for your business!You should be receiving an order confirmation from Paypal shortly.Exit Shopping Cart

    32、固定観念

「今日から、半額は止めます。二つの品台は出さないで下さい。後はこれまで通りです」


 女将の言葉に治助と和助は異存はなかった。半額で利益が出るはずがない。むしろほっと胸を撫で下ろした。


 吉松は違う思いだった。女将が店全体の商品構成を、有効に生かす斬新な方法だと思い至っていた。


 客の殆どが固定客である。新入荷の反物は殆ど見せている。在庫の反物は柄や価格で客が迷ったり躊躇した反物である。


 5年以上在庫した反物は、全く動きが無い。近頃は流行り柄が多く、3年以上の反物も古いと言われ動きが無い。


 吉松は女将が意表を突く半額で新客を呼び、さらには在庫管理と一石二鳥の方法を講じたと深く感じいっていた。


 品台の無い店前は何だか寂しい感じがした。店前は通り客が素通りをして行く。誰も振り向きもしない。


 時は巳の刻(10時)、4人の旦那衆が店前に立った。


 気付いた治助が急いで挨拶に出た。


「おはようございます。全て片付け致しました」


「流石だね。女将さんによろしく伝えて下さい」


 柳屋の旦那がにっこりしながら言う。他の3人を伴って去って行った。


 おつるは治助の報告を受けると、


「そうですか、お帰りになりましたか。治助、5年以上の反物は後何本ありますか?」


「はい、今調べて参ります」


「35本です。8本売れました。3年以上の反物が21本ですから、比べるとよく売れたと思います。3年以上の残りは190本です」


「しかし、半額ですから…」


「そうです。半額だから売れたのです。このままでは塩漬け在庫になります」


「はい、困ったものだと思いますが、どうにもなりません」


「塩漬け在庫にしたくありません。治助、何か良い方法はありませんか?」


「女将さん。申し訳ありませんが、どうしたら良いのかさっぱりわかりません」


「何か考えてみて下さいね。下がって良いですよ」


 治助が持ち場に戻ってからも、おつるはしばらく思案していた。何を思ったか立ち上がると松崎を訪ねた。


「松崎さんご相談があります。部屋に来ていただけますか?」


 帳付け机を間に向かい合わせに座った。


「松崎さん、お知恵をお借りしたいのです」


「知恵か、私に知恵はないが考えてはみよう。どう言うことかな?」


「実は、半額販売は古い在庫整理でもあったのです。それが出来なくなりました。古い在庫は死に金です。何か良い方法はありませんか?」


「それは簡単だ。売れば良いのだ」


「えっ!」


 おつるは驚いた。確かに売れば良いのだ。しかし、どうやって売るのか改めて聞き直した。


「古い在庫と言う固定観念を捨てることだ。反物に流行り廃りはあるだろうが、要は着る本人に合うかどうかだ」


 おつるははっとした。一番大事なことを忘れていた。売ることだけに専念していた自分が恥ずかしい。


 客は流行りに気を取られ自分に合わない着物を選び、似合っていると思い込み悦に入っている。


又、殆どの客は自分に合うと思い込んだ柄や色があり、気が付けばいつも同じような着物を選ぶ。


 松崎の言う通りであった。おつるは次々と思いが馳せ黙っていると、


「おつるさん、帳場に座っていると客との対応が否が応にも目に入る。客の言いなりだ。しかし、どの客も満足して帰る。商いとはそう言うものか」


「……」


 言われる通りだ。返答に困り言葉に出来ない。


「店の固定観念と、客の固定観念を外してみたらどうだ」


 おつるは目から鱗であった。


「ありがとうございました。商いとして一番大事なことを忘れていました。お客様の本当に喜ぶ顔です」


「そうか、少しは役に立ったかな。ハハハ、では今夜は一献頂けるかな?」


「はい、ご用意させて頂きます。帳簿合わせの後でよろしいですか?」


「ああ、構わぬ。言ってみるものだな。こんな寒い日は、熱燗で一杯やりたいところだ。よろしく頼む」


 おつるの心に熱い想いが広がって行った。


                        つづく

次回は1月21日火曜日朝10時に際します