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 言わなければ良かった

 改札を出た矢先、ざーっと雨が降って来た。


 飛び込むように目の前の喫茶店に入った。どこに座ろうかと見渡していると、


「どうぞ、お使い下さい」


 とタオルを渡された。窓際の席に座り、頭や肩先を拭いた。


 メニューから生姜焼き定食を選ぶ。珈琲付きである。先に珈琲をと頼む。以来、時々ここで夕食をするようになった。


 彼女は、いつも、にっこりと優しい笑顔で注文を取りに来た。それは接客とわかっていても嬉しくなった。


 自分より少し年上で、30歳に近いだろうと思った。美人と言うより、笑顔が印象的だった。


 彼女は19時になると帰って行った。


 代わりにママが店に出た。皆がそう呼んでいる。マスターは60歳前後である。ママと夫婦かも知れない。


 半年も通うと常連気分になった。知った顔が何人か出来たが、挨拶程度で殆ど話さない。それでも、彼女がバツイチの独身と聞き得た。

 

 今では彼女に会えない日は、何となく落ち着かない。明日水曜日は彼女の週休だ。


 その日、喫茶店を逃げるように出た。


 ここは居酒屋。いくら飲んでも酔わない。


 後悔が先に立つ。言わなければ良かった。いつも親切にしてくれるから、いい気になってしまった。


「明日、〔君の名は〕を見に行きませんか?チケットがあります」


「すみません。残念ですが、明日は予定がありますので」


 狭い店内である。一斉に注目を浴びた。穴があったら入りたい。恥ずかしくて、もう店に行くのは止めようと思ったが、やはり会いたい。


 木曜日、店に行った。皆の視線を気にしたが、いつもと変わらぬ店内だった。


 彼女はいつものように、にっこり笑って、注文を取りに来た。後に小さくたたんだ紙がテーブルに残されていた。


”昨日はすみません。今度の水曜日なら大丈夫です”


と書いてあった。


 あれから三か月。今、彼女は僕の恋人です。


                                 完