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     31、直談判

 同時に心配が無いわけでもなかった。それは、2、3か月後から始まる体形の変化である。


 今、世間はおちかの噂で持ち切りだった。前橋藩、高崎藩内で初めての呉服屋女将である。しかも際立った美人。


 さらに江戸で磨かれた容姿は垢抜けし、男女を問わず誰の目も引いた。縁談話が同業他業から数多く舞い込んだ。


 その中に前橋藩内随一の問屋と言われる生糸屋善兵衛の縁談は変わっていた。結納金千両を出すというのである。


 善兵衛には二人の息子がいた。兄が二代目伝兵衛を継いだ。弟は評判の道楽息子で親の善兵衛は手を焼いていた。


 実は理由があった。兄弟が子供の頃柿の木に登り遊んでいた。弟が柿を取ろうとして落ちそうになるのを兄が助けた。


 ところが手を伸ばしすぎて、兄は木から落ちた。右手が折れた。そのせいで右手の指が不自由になった。


 当然そろばんが弾けない。店の者の噂話に二代目は弟になるだろうと言う話を、弟の仁兵衛は聞き愕然とした。


 その日以来、仁兵衛の道楽が始まった。店の金は勝手に持ち出す。朝帰りは2日に一度。手が付けられなかった。


 善兵衛は仁兵衛の心の内をわかっていた。兄の一兵衛に二代目を継がせた。しかし、仁兵衛の道楽は止まなかった。


 一年後一兵衛に嫁を取らせた。次は仁兵衛だった。道楽息子の仁兵衛には縁談どころか、心当たりは全て断られた。


 7年の歳月が流れた。仁兵衛は31歳になった。相変わらずの道楽三昧。その仁兵衛が突然嫁を貰いたいと言い出した。


 華丸呉服の女将だった。年増女だが僅か2か月で店を立て直した才気十分のやり手女将である。


 善兵衛は華丸には婿取りと承知して話に行った。しかし、二度目も断られた。何としても仁兵衛の思いを叶えて上げたかった。


 断わられた理由は2つあると思った。一つは仁兵衛の道楽。二つ目は婿に入ると言いながら華丸の乗っ取りを企んでいると疑心されていること。


 善兵衛はその二つを打ち消すべく、千両の結納金を提示したのである。それでも断られ、途方に暮れた。


 それを聞いた仁兵衛は、華丸に直接乗り込んだ。


華丸呉服の店先の縁台は、2台共空き席はなかった。店内は反物がずらりと並べられ、客が気楽に立ち見をしていた。


 そこへ濃紺単衣の着流しで、颯爽と入って来た男がいた。鼻筋通った良い男だ。客の女性達は一瞬で魅入った。


「いらっしゃいませ、何かお探しでいらっしゃいますか?」


 近くにいた手代が問うた。


「うん、女将さんに相談したいことがある。呼んで頂きたい」


 その声は良く通り、帳場の女将にも良く聞こえた。側にいた番頭が立ち上がると、


「私が行って来ます」


「待ちなさい、私が行きます」


 手代が呼びに来る前に立ち上がった。にこやかに男の前に出た。前に見たことがあるような気がした。


「お客様、何かお探し物でもございますか?」


 男もつられるようににっこり笑いながら、


「生涯に一つしかない、大事なお品を探しております」


「私どもの店をお訊ね下さり光栄にございます。どんなお品でございますでしょうか?」


「店先では、話難いですね」


「そうでしたね。失礼致しました。番頭さん、奥の部屋空いていますか?」


「へえ、空いてございます」


「では、そちらへご案内して下さい」


おちかはなぜか男の目が気にかかる。にっこり笑ってはいるが真剣な目をしていた。


「番頭さん、今の方、前にいらしてますか?」


「いいえ、初めてです。私も同席致しにましょうか?」


「大丈夫です。何かあれば呼びます」


 男は一番手前の商談室に通されていた。襖は開け放たれていた。


「お待たせ致しました。お話お伺い致しましょうか?」


「女将さん、すみませんが人に聞かれたくないお話をさせて頂きます。襖を閉めて頂いてもよろしゅうございますか?」


「はい、構いませんよ」


 おちかはあっさり襖を閉めた。男は改まった顔になり、


「生糸屋善兵衛の仁兵衛です」


 おちかはびっくりして返事が遅れた。


「大変失礼を致しました。又、折角のお話をお断りいたしまして申し訳ございませんでした」


 男は突然座り直し両手を付き、おちかの顔をしっかり見つめながら、


「結婚して下さい。この2カ月、貴女の顔が日夜浮かびどうにもなりません。断りの理由をお聞かせ下さい」


「どうぞ、頭をお上げ下さい。貴方様に理由はございません。私に結婚出来ない理由があるのです」


「その理由をお聞かせ下さい。納得出来れば諦めます」


「いいえ、それはお話出来ません」


「やはり、私に理由ありですね。そうであるなら是非ともお聞かせ願いたい。決して恨み事には致しません」


「いいえ、私の問題です。ご容赦下さい」


「お聞かせ頂くまでは帰りません」


 おちかはこのまま話を続けても、らちが明かないと思った。むしろ話した方が諦めてくれると判断した。


「では、お話致します。でもこの話は、私と仁兵衛様だけの話として頂けますか?さもなくば、私は生きていられません」


「わかりました。私も命を懸けて口外致しません」


「私には江戸に好きな人がいました。今その人の子を身ごもっています」


「それがどうしました。いましたと言うからには別れたと言う事でしょう。違いますか?」


「はい、別れて来ました。その人は武士です。元々結婚は出来ません」


「それならば、私と結婚するしかないでしょう。お腹が目立ってきたらどうします?」


「……堪えるつもりでいます」


「世間はそう甘いものではありません。お店を潰して良いのですか?」


「それはそうならないようにします」


「無理ですね。三代続いた老舗の娘さんです。一番お分かりのことと思います」


「……」


「私の子供とすれば良いのです。時は一刻の猶予もありません。明日、もう一度伺います。一晩考えて下さい」


 おちかは仁兵衛が帰った後、仁兵衛の筋道立った温かい心づもりが嬉しかった。断られて当たり前の話である。


                       つづく

次回は令和元年5月7日火曜日朝10時に掲載します