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     31、心の内

 何か変だ。和助は店前の品台を見て思った。女客混じって男客が反物の品定めをしている。珍しいことだ。


 治助も気付いているようだ。じっと注視している。突然立ち上がった。そして、慌てるように店前に出た。


「いつもお世話になっております」


 頭を深々と下げて、丁寧に挨拶をする。柳屋呉服の旦那だった。今頃気付いたかと憮然として立っている。


「治助どんか、繁盛じゃのう」


「いいえ、とてもとてもでございます」


「ふむ、隠さずとも良い。女将さんはおられるかな?」


「今、出ております」


「そうですか、いつお帰りになりますかな」


「はい、夕7つ半(17時)にはお帰りになると聞いております」


 今、昼8つ半(15時)である。治助は咄嗟に、遅めの時間に答えた。


「お忙しいようで何よりです。それでは、明日巳の刻(10時)に又来ます。よろしく伝えて下さい」


 それだけ言うと3人に眼で合図をし、後は用は無いとばかりに踵を変え帰って行った。


 他の3人も旦那である。治助は顔だけは見知っている。3人は黙って口を利かなかった。何か不穏な雰囲気がある。


 二人いた女客はいなくなっていた。店内に入ると、固唾を飲んで見ていた和助が、


「何かありましたか?」


「うん、何事も無ければいいが…」


 不安げに言う。そして、すぐ言い直した。


「心配ない。女将さんを訪ねて来ただけだ」


 治助はいつもの席に戻った。松崎は見ていたはずだが、気にも留めない風で何事もなかったように前を見ている。


 おつるは、昨日治助の報告を受けた。今朝は顧客回りを中止した。朝から自室で帳簿の整理をしていた。


 まもなく巳の刻になる。おつるは落ち着かなかった。何の用だろうと気になっていた。


「柳屋の旦那様達がお越しになりました」


「では、こちらへ案内して下さい」


 治助を先導に4人の旦那衆が部屋前に来た。


「どうぞ、お入りください」


 治助の案内で4人は中へ入った。おつるは直ぐさに帳付け机を離れ、その前に出て深々と挨拶をした。


「今日はわざわざお越し下さいましてありがとうございました。こちらからご挨拶をしなければならないところでございます」


 10畳の座敷ではあるが、帳付け机の前に4人の男が座ると狭く感じた。


「いや、挨拶等ではない。同業として捨て置けない商いを始められたので、抗議に来たのだ」


「何のことでしょうか?」


「半額での商いだ。初めは閉店の為の販売だと思った。苦しかろうと我々も痛みいっていた。ところが三月が過ぎても止めない」


「そうだ!同情していればいい気になりやがって、半額商売を続ける。うちの客も大分山形屋に流れた」


「うちは掛け値なしの正札商売だ。半額にしたら、すぐに赤字。店は潰れてしまう。いい加減にしろ!」


 だんだん声音が激しく乱暴になって来た。


 その声は帳場の松崎にも聞こえた。すくっと立ち上がると部屋に駆け付けた。


「女将さん、どうかしましたか?」


「いえ、大丈夫です」


 おつるは嬉しかった。松崎を見て百人力を得た気持ちになった。


「何が大丈夫だ。半額を止めろ!」


「そうだ!半額は商売ではない!すぐに止めろ!」


「何だお前は!でしゃばりやがって引っ込んでろ!」


 松崎は無言で男たちの横を、すっとすり抜けるように入り、おつるを守るかのようにその横に座った。


 おつるは4人の男達から罵声を浴びても平然と座っていた。少しも乱れ驚いたところが無い。そして静かに、


「わかりました。明日から止めましょう」


「止める?止める?本当か!」


 男達は信じられないような顔をして、顔を見合わせた。


「山形屋さん、今の言葉に嘘はないでしょうね」


 柳屋の旦那が念を押すように言う。


「はい、止めます。但し、今日は店を開けています。途中で止めるわけにはいきません。それは承知していただきます」


「良いでしょう。明日からは必ず止めて頂きます」


「そう致します」


 おつるは止めるとは言ったが、一言も謝ってはいない。間違ったことをしたとは思っていないからだ。


 4人の旦那達はあっさり止めると言われ、拍子抜けした。こんなに簡単に、事が運ぶとは思わなかった。


 同時に安堵した。来た時のとんがった顔を穏やかな顔にして帰って行った。


「おつるさん、流石だな。男4人を相手に、堂々たるものだった。私の出る幕ではなかった」


「とんでもありません、松崎さんがお出でにならなかったらどうなっていたかわかりません。実は足が震えていました」


「そう言う時は言ってね。抱きしめてあげるから」


 にやっと笑い顔で言う。


「今も震えています」


 おつるは思い切って言った。その言葉に松崎は冗談とは思いながらも、心の内が読まれたような気がして黙ってしまった。


 おつるは間が取れず、見透かれた気になった。顔を赤くして俯いてしまった。


 松崎は後ろ髪を引かれる思いで帳場に戻って行った。


「先生、大丈夫でしたか?」


 治助が直ぐ寄って来て聞く。和助も吉松も立ったまま心配そうにしている。


「うん、大丈夫だ。後で女将さんから話があると思う」


 治助も和助も吉松もほっとしたような顔をして、持ち場に座った。


                       つづく

次回は1月14日火曜日朝10時に掲載します