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    30、寝たふり

 ひと月後、顧客の年一回の集金を治助が行った。武家、商家合わせて2軒を残すのみで、後は全て集金出来た。


 おつるが山形屋に戻って来て3か月が過ぎた。戻った時の山形屋は事実上倒産していた。客は誰も寄り付かなかった。


 それが今では、店内に客が絶え間なく入って来る。当然、人手が足りなくなり、住み込みの丁稚を雇う迄になった。


 吉松はおつるの供をして顧客を回った。店内においては、手代見習いを専念させられ充実した修業を味わっていた。


 懸念であった丸源の半纏は、和助と丁稚が荷車に積んで届けに行った。代貸に、恐る恐る半纏代明細を差し出した。


 代貸しは黙って奥へ引っ込むと戻って来て、即金で25両払ってくれた。支払いは後と思っていた和助は驚いた。


 僅か三月で山形屋は息を吹き返した。それでも、おつるは顧客回りを続けた。その売り上げは店内の売り上げに匹敵した。


 帳場の松崎は座っているだけでは退屈と、おつるに聞きながら帳付けをするようになった。


 さすが元は武士である。たちまち帳付けを会得した。今では、夕食後毎晩おつると帳面の確認をするようになっていた。


 主部屋で毎晩帳面合わせをした。おつるの部屋でもある。おつるには一番の楽しい時間であった。


「松崎さん、この丸源の集金には驚きました。今日、半纏を届けたのですよ。それが今日の集金になっています」


「何かおかしいかな?」


「今日届けたのですよ」


「品物を渡したのだろう。代金を貰うのは当たり前のことだ」


「普通は明細書をお出しして、半月かひと月後のお支払いになることがが多いのです」


「ほう、そうなのか」


「松崎さんのおかげです。ありがとうございます」


「私は何もしていないよ。そんなに喜ばしいなら、酒でも馳走してくれるか?」


「はい、すぐお持ちします」


「おい、おい、冗談だよ!」


「いえ、わたくしも頂きます。直ぐに用意をして来ます」


火鉢に乗った鉄瓶を持って台所へ行った。湯を鍋に移し、酒を徳利に入れ、その中で温め始めた。


 その間に大根と人参のぬか漬けを用意した。簡単なことだが手際が良い。


「女将さん、私がいたします」


 およねが音を聞きつけて、部屋から出て来た。


「良いのよ。少しお酒を飲みたくなったの。休んでらっしゃい」


 もう床に入っていたらしく、髪をほどいて束に結んでいた。およねの朝は早い。


「すみません、それではお先に休ませていただきます」


 およねは部屋に戻って行った。酒は丁度燗が出来た。盆に徳利2本と漬物を並べ、おつるは嬉しそうに部屋に戻って行った。


「お待たせしました」


 おつるは松崎の前にお盆を置いた。そして、そこに座り盃をにっこりしながら差し出した。


「どうぞ」


「冗談でも言ってみるものだな。いただこう」


 その盃を受け取ると、にっこり笑って差し出した。すかさずおつるは徳利で酒を注いだ。なみなみと注がれた酒をくっと一口に飲んだ。


「おつるさん、一杯いこう」


「はい、いただきます」


 おつるも盃を手に、真似をしてくっと一口に飲んだ。


「おっ、いけるじゃないか」


「どうぞ」


 おつるは注ぎ返す。立て続けに二杯づつ飲みあった。


「おいおい、大丈夫か?おっ、いただこう」


 松崎は三杯目の酒を飲んだ。おつるは初めての酒だった。身体がぽーっと熱くなって来た。何だか楽しい気持ち。


「お酒って、美味しいですね。はい、どうぞ」


「もっとゆっくり飲もう。酔うぞ」


「全然大丈夫です。いただきます」


 おつるは盃を持ち上げて、ゆっくり飲んだ。気分が心地良い。何よりも松崎と二人きりで飲んでいるのが嬉しい。


 二本目の徳利も酒が少なくなった。松崎はおつるに合わせゆっくり飲んでいる。おつるの顔が真っ赤になっている。


「お酒持って来ます」


 おつるは立ち上がった。よろけて松崎に倒れかけた。とっさに松崎は両手で抱くようにして支えた。


「すみません」


どうしたのだろう?身体がふらふらする。酔いがまわって来たのだ。おつるには初めての経験だった。


 松崎が抱き支えてくれた。おつるは思いがけなく、抱かれるような形になった。嬉しくてそっと身体を寄せた。


「少し、酔ったようだな。酒はもういい。少し横になりなさい」


「はい、すみません」


 おつるは益々酔いがまわって来たようだ、頭がぐるぐると回る。松崎に優しく抱えられ、火鉢の横に寝かされた。


 松崎は押入れを開けて布団を出した。おつるは目を閉じて、寝たふりをした。心はどきどきと音を立てている。


 敷布団の上に、おつるをそっと寝かせた。ところが帯が邪魔で仰向けに寝せられない。松崎はその帯を解いた。


 帯は半幅帯でするすると解けた。おつるの身体を少し浮かせ、身体から抜くようにして外した。


 楽なように仰向けに寝かせた。目覚める気配がない。気持ちを抑えきれなくなって、おつるの口にそっと口を付けた。


 おつるの口が少し動いた。松崎ははっと我に返った。顔を上げ、急いで何事もなかったように掛布団を掛けた。


 おつるは続けて欲しかった。気付いていたのだ。じっと寝たふりを続けた。しかし、もうそばに来る気配はなかった。


 松崎は行燈の灯りを小さくすると、足音さえもさせないようにしながら、襖を閉を閉めて出て行った。


 おつるは、寝たふりをしているのが恨めしかった。部屋を出るのを呼び止めることが出来ない。せつなかった。


                       つづく

次回は1月7日火曜日朝10時に掲載します