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   30、お美津(最終回)

 辺見の前に畏まって正座をしているのは、志願してきた男である。板前で兄弟子を殴ってを首になったと言う。


 聞けば兄弟子の失敗を男の仕事とさせられた。5回目である。度重なる失敗に親方から見込みのない弟子と思われた。


 喧嘩では誰にも負けたことが無い。堪えに堪えていたが我慢も限度で殴ってしまった。それを聞いた親方に首にされた。


 今年24歳の血気盛りの男で、名を新吉と言った。おとなし気の顔をしているが、辺見には秘めた闘志が読み取れる。


 他の者は日頃は大工であるから、護り屋の空き日の仕事に心配はないが新吉は無職である。


 空き日は賃粉切りをさせた。元来が板前。見事な包丁捌きである。研ぎ澄ました包丁の切り口は濡れたようであった。


 煙草屋は驚嘆した。


「先生、さらに見事な仕上がりです。何か変わったことでもなさいましたか?」


「うん、包丁を変えた」


「そうでしょう。切り口が今切ったかのように滑らかに濡れているようです」


「そうか、それは良かった。今度弟子を採ることにした。仕事を増やしても良いぞ」


「本当ですか!ありがとうございます。是非お願い致します。沢山の客が順番を待っております。10倍ぐらい増やしていただければありがたいのですが」


「馬鹿を言うな。ま、2倍くらいなら何とかなるかも知れん」


 煙草屋は喜んで帰って行った。これで新吉に日頃の仕事が出来た。新吉は賃粉切りを訓練の一環として励んだ。


 辺見は敷地内に小さいが30畳敷きの道場を建てた。道場は小部屋を3室併設した。2部屋は勝三と新吉に住まわせた。


 勝三は大工を辞め専任となった。午前中は辺見が二人に武術を徹底して教えた。午後は2人揃って賃粉切りをした。


 辺見は勝三に3両、新吉に2両の給金を月初めに出した。護り代は別に支給した。


 辺見の指導は厳しく激しかったが、要領を得たものだった。3か月もすると2人は、他の護り人の指導に当たった。


 勝三が入ってから7か月になった。この頃になると侍の護り人は7人、新護り人は15人。総勢22名になっていた。


 護り屋は裏稼業ではなくなっていた。粋で責任のある男の仕事と誰もが認めるようになったいた。


 そしてこの月、お雪に二人目の子供が生まれた。女の子であった。名を美津と付けた。


 竹蔵は板前を雇った。そして、何かとかこつけては辺見宅を訪れた。むろん一平とお美津が目当てである。


 お雪はあきれ果てて縫物に精を出した。一平とお美津の着物と肌襦袢である。お美津が泣き始めた。


「おとっつあん、お美津のおしめを取り替えて下さい」


「おーおー気がつかなくてごめんね。おじいちゃんが、きれーいきれーいしてあげるよ。ほーら、ほーらどっこいしょ」


 秋も深まって来た。あとひと月もすれば正月だ。何よりも誰よりも幸せなのは竹蔵だった。


                      終わり

次回は新作 [護り屋深川記] 仮題です

10月13日朝10時に掲載します

※ちんこきりの続編になります。ご期待下さい