うちのひろと

♪退屈な待ち時間などに3分小説をどうぞ
面白い!気分が明るくなります。読後感が爽やかです
3分41話.5回8話.10回6話.15回7話.23回1話
時代小説9話
[がまの油売り][ひきょうもの][やぶ医者俊介]
[どんぶりめし][人に華あり][おつる][ちんこきり]
[護り屋異聞記] [片腕一刀流]
2.闇夜
「おめえ、ついてたな」
「当た棒よ。おめえと違って、おらあー善行をつんでるからな!」
「善行だと!馬鹿抜かせ、線香の間違いだろう。線香なら俺だって毎朝毎晩欠かさずつんでらあ。仏さまによう!
「そうかい、立派なことだ。仏さまはお待ちになってらっしゃる。早く行ってあげな。おめえの線香は俺があげてやる」
「ありがとよ。折角話してやろうと思ったがもう止めた。あほらし。もう話してやんねえ」
「あっ、すまん、謝る。そんなつもりはなかったんだよ。つい言葉の弾みだ。さ、飲んでくれ。今日は俺のおごりだ」
「そうか、おめえのおごりか。そこまで言うには、話さねえわけにはいかねえな」
「さ、飲んでくれ。で、どうだったんだ」
「昼時を過ぎて、野暮用で近くまで来たら、道場の周りに人が集まってる。ひょっとしたらと思ったらそうだった」
「まだるっこいな。そいで?」
「窓から覗いたんだよ。見るからに強そうな侍が二人。威張ってる。いや浪人だろうな。偉そうに若先生に喚いてる」
「二人とは珍しいな」
「そうなんだよ。どうするのかなと思ったら」
「片腕先生が二人一緒でも良いとおっしゃる。二人は大声になり何か喚いていたが、強そうな方の侍が木刀を構えた」
「一人だけか?」
「そうだ。しかし、わからないものだな。先生と暫く構え合っていたが、参りましたと木刀を引いて後ろに下がった」
「なにもしなくてか?」
「そうだ。そして、もう一人の侍に待てと手を上げて制止した。しかし、もう一人は構わず立ち向かって行った」
「わからないな。何もしないのに参りましたと言ったのか?」
「この後だ。もう一人が立ち向かったと思ったら、即座に鈍い音がして、その男は木刀を落としていた」
その時、店の引き戸が開いた。二人は話を止め咄嗟に立ち上がり、
「若先生!お待ちしてました。さ、どうぞこちらへ」
太吉が無腰で入って来た。その言葉が聞こえなかったのか、いつもの席に座った。そこへ二人は駆け寄った。
「若先生!道場破り来ましたね。さ、どうぞ一杯やっておくんなせえ」
徳利を手に持ち、ぐい吞みを差し出した。そこへお米が出て来た。
「若先生はお疲れですよ。自分の席で飲みなさいよ!」
言いながらお米は、太吉ににっこりと愛想笑いをして、
「お疲れさまでした。今日はどじょうが入ってます。鍋はいかがですか?」
「おっ、良いね。そうして貰おうか。それと冷で一本付けてくれ。それと若先生は止めてくれ」
「若先生、私だけ太吉さんと呼んでいたんですよ。みんな変に思ってましたよ」
この店にも弟子が出入りする。自然とみんなが若先生と呼ぶようになった。
「そうか、お米ちゃんにはそう呼ばれたくなかったな」
「どうしてですか?」
「うん、どうしてかな。ま、良いや。冷酒を先に頼む」
お米はこの店に16歳の時から勤め始めた。ほっぺが赤く、愛くるしい顔に似合わずはっきりした物言いをした。
それから5年。澄んだ切れ長の目に濃い眉、鼻筋が通り小さめの口。初めての客はぼーっと見とれた。
お米は「はい」と嬉しそうに板場に戻って行った。
「おい、さっきの続き話してくれ。木刀落としてどうなったんだよ」
「いつもの通りだよ。左手の手首の真ん中で折れていたんだよ。そいつは痛さ忘れて茫然と突っ立っていたよ」
「そうだったな。先生がどう動いたか、そいつには見えなかったんだろう」
「先生は構えたままなんだよな。遠くで分からないのだから目の前じゃ見えないだろうな」
「若先生も凄いのだろうな。師範代だからな。しかし、歳は俺たちとあまり変わらないぜ。23歳だってな」
「大工仲間の弟子が言ってたぜ」
「弟子は侍より大工などの職人や町人が多いんだってな」
「だからよお、俺も入門しようかと思ってる」
「俺もそうする」
「そうか、じゃ、これから若先生にお願いに行こう」
板場に戻ったお米はすぐに戻って来た。
「どうぞ、それからこれ、おやじさんからです」
「おっ、いかの塩辛!冷酒にぴったりだ。ありがとう。おやじさんによろしく言ってくれ」
言いながらお猪口の酒をぐっと飲んだ。続いて、いかの塩辛を口に入れる。
旨い!手酌をしようとすると、お米がさっと注いでくれた。太吉は嬉しそうに又飲み干した。
そばでいつの間にか、大工の留蔵と伝助がにやにやしながら見ている。太吉は二人を見て、
「どうした?何か用か?」
「若先生、何か用かじゃありません。あんまりお熱いので用を忘れてしまいやした。なあ、伝助。何だったかなあ」
「うん、何だったかなあ!忘れた。またにしようか?」
「いや、思い出した。若先生、あっしらも入門したいのですが、お願い出来ますか?」
留蔵が言う。今年23歳になる。
「ほう、入門?どう言う風の吹き回しかな?」
「先生、からかわないで下せえ。あっしら真剣ですぜ」
「すまんすまん、しかし、痛いぞ。我慢できるかな」
「へえ、痛いのにゃ、慣れております。いつも親方に殴られておりますから」
合いの手を出すように伝助が言葉を続ける。
「あっしなんざ、殴られた上に蹴飛ばされていますよ」
さも自慢そうに言う。留蔵と同い年だ。
「仕事はどうする?」
「へえ、十日に一度の休みがあります。その日ではだめでしょうか?」
「今度はいつだ?」
「明日です。よろしくお願げえしやす」
「ほう、都合が良いようだな。ははは」
「ほんとですよ。だから、今日はこうしてこいつと飲んでいやす。な、伝助!」
「では、明日5つ(8時)に道場に来るんだな」
「へえ、何か用意していくものありますか?」
「手ぬぐいは持って来ることだ。稽古着などはこちらで用意して置こう」
「ありがとうございます。よろしくおねげえしやす」
留蔵と伝助は自分の席へ戻って行った。それから4半刻程飲んでいたが明日がありますと挨拶して帰って行った。
竹蔵は珍しく店に残っていた。刻は宵5つを4半刻程過ぎた。(宵4つ=21時)
「辰、火を落として終いにしろ」
「へい、おやじさん、まだ少し早いですが…」
戸惑ったように板前の辰吉は言う。店には若先生が残っている。他に客が一人。
その客も聞こえていたかのように帰って行った。店は若先生一人だけになり、お米は何だかどきどきしてきた。
若先生の太吉はお茶漬けを食べ終わり、背伸びをした。ほろ酔いの身体が伸びて気持ちが良かった。
「あら、若先生!眠いのですか?」
「いや、元気が余ってるのだ」
それを見ていた竹蔵が、
「若先生、その余った元気でお米を送ってくれませんか?今夜は闇夜で物騒です」
「そうだ今夜は闇夜だ。気を付けた方が良い。わかった。送って行こう」
言いながら、嬉しかった。顔に出さぬように無表情を心掛けたが、心は正直だ。顔はほくそ笑んでいた。
お米は、今帰った客の後片付けをしていた。竹蔵はにっこり笑いながら、
「お米、それ片付いたら帰っていいぞ」
「まだ早いですが…」
「今夜は闇夜で物騒だ。早く帰りな。今聞いていたと思うが若先生がお送り下さるそうだ」
つづく
次回3回は7月6日火曜日朝10時に掲載します
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- 28ちびた鉛筆 29駄目なのは私30春が来た
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