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    29、ぬくもり

 立ち止まって何か言いかけたが、胸に収め部屋に向かった。およねが寄って来た。


「お帰りなさいませ。直ぐにお茶をお持ちいたします」


 およねがお茶を持って入って来た。おつるが座ったまま何かぼんやり考えている。


「女将さん、どうかなさいましたか?」


「あっ、およね…。もう、そろそろお昼ね」


 気付いたおつるは、頭を切り替えた。


「はい、もう、いつでもご用意出来ます」


「それでは、松崎さんと治助と和助の支度をしてね。吉松とおよねは私と一緒にその後に交代で食べましょう」


「わかりました。すぐに用意いたします」


 我に戻ったおつるは、思い直したように立ち上がり、店内に戻って行った。


「松崎さん、お昼を召し上がって下さい。交代いたします」


「おつるさん、今帰って来たばかりだ。交代はまだいい。少し休んだらどうだ」


「いいえ、大丈夫です。松崎さんのお顔を見ると元気になります。どうぞ、お昼にして下さい」


 おつるは思い切ったことを言った。自分でも驚いた。松崎は嬉しそうな顔をして、奥へ入って行った。


「治助、和助、お昼にして下さい。奥に入ってね」


「女将さんは?」


「私と吉松はその後でいただきます」


「それはいけません。女将さん、先に召し上がって下さい」


 治助と和助が口々に言う。


「いいえ、出かける都合もありますから、先に食べてね」


 女将の言うことは絶対である。二人は奥へ入っていった。

おつるは店頭に立つ吉松に声をかけた。


「吉松、立っていなくても良いですよ。そこに座ってお客様が来たらご案内してね」


 店内は手代の位置である。吉松はえっと言う顔をしたが、嬉しそうに移動して和助の後に座った。


 おつるは、松崎の後にそのまま座った。温もりが残っている。嬉しそうな顔をして、さらに片手でその温もりを確かめた。


 4半刻程(30分)して、手代二人は戻って来た。


「お先にすみませんでした」


 手代二人は頭を下げて、いつもの定位置に座った。吉松はあわてて立ち上がり、


「すみませんでした」


 和助に謝る。和助はにこにこして、


「手代見習いとして、あっしがいないときはここに座るんだよ。それは見習いの仕事だよ」


「和助、ありがとう。私が言いつけました。これからもよろしくね」


 そこへ松崎が戻って来た。


「おつるさん交代しよう」


「はい、では、行って来ます。吉松、食事ですよ」


 おつるは座布団を裏返しにすると、吉松を伴って奥に入って行った。松崎はそれを知らぬふりをして裏に返した。


 ほのかな温もりに、松崎は身体の芯が熱くなった。じっとそのまま動かず座っていた。


「女将はいるか?」


 店に入りながら大声で言う。見れば丸源の代貸である。子分を二人連れている。和助はおどおどと立ち上がり、


「へい、いらっしゃいませ。あいにくと出かけておりますが…」


 咄嗟に嘘を付いた。代貸は目線を奥に戻す。


「あっ、先生!失礼いたしやした。ごめんなすって」


 松崎は代貸をまっすぐに見た。代貸は急に低姿勢になり、


「注文いたしやした。半纏(はんてん)のことで参りやした」


 松崎は黙って代貸を見ている。代貸は即座に、


「へ、追加の注文をお願いに参りやした」


「そうか、聞いておこう」


「へい、30人分追加をお願えいたしやす」


「わかった。親分によろしくと伝えてくれ」


「ありがとうさんにございます」


 代貸は注文に来たのにお礼を言って帰って行った。治助も和助も唖然としていた。治助が口を聞いた。


「先生!ご存じだったんですか?」


「いや、代貸は先だって会っただけだ。親分とは江戸での顔見知りだ」


「先生は凄いお方だったんですね。これからも、どうぞよろしくお願い致します」


 そこへおつるが食事を終えて入って来た。


「どうかしましたか?」


 何だか様子がおかしい。やんわり尋ねると、治助が口を聞いた。


「今、丸源の代貸が来ました。驚きました。先生に聞いて下さい」


「半纏を30人分追加に来た。勝手に返事をしたが大丈夫か?」


「はい、大丈夫です。本気の注文だったのですね」


「本気とは?」


「実は嫌がらせかと思っていました」


「ははは、丸源には顔出しをして来たと、おつるさんには言っておいたが」


「そうでした。ありがとうございました」


 おつるは胸が熱くなった。松崎の改めての頼もしさに、その胸に飛びついて行きたい気持ちだった。


                       つづく

次回は12月31日朝10時に掲載します