うちのひろと

♪退屈な待ち時間などに3分小説をどうぞ
面白い!気分が明るくなります。読後感が爽やかです
3分41話.5回8話.10回6話.15回7話.23回1話
時代小説9話
[がまの油売り][ひきょうもの][やぶ医者俊介]
[どんぶりめし][人に華あり][おつる][ちんこきり]
[護り屋異聞記] [片腕一刀流]
29、ぬくもり
立ち止まって何か言いかけたが、胸に収め部屋に向かった。およねが寄って来た。
「お帰りなさいませ。直ぐにお茶をお持ちいたします」
およねがお茶を持って入って来た。おつるが座ったまま何かぼんやり考えている。
「女将さん、どうかなさいましたか?」
「あっ、およね…。もう、そろそろお昼ね」
気付いたおつるは、頭を切り替えた。
「はい、もう、いつでもご用意出来ます」
「それでは、松崎さんと治助と和助の支度をしてね。吉松とおよねは私と一緒にその後に交代で食べましょう」
「わかりました。すぐに用意いたします」
我に戻ったおつるは、思い直したように立ち上がり、店内に戻って行った。
「松崎さん、お昼を召し上がって下さい。交代いたします」
「おつるさん、今帰って来たばかりだ。交代はまだいい。少し休んだらどうだ」
「いいえ、大丈夫です。松崎さんのお顔を見ると元気になります。どうぞ、お昼にして下さい」
おつるは思い切ったことを言った。自分でも驚いた。松崎は嬉しそうな顔をして、奥へ入って行った。
「治助、和助、お昼にして下さい。奥に入ってね」
「女将さんは?」
「私と吉松はその後でいただきます」
「それはいけません。女将さん、先に召し上がって下さい」
治助と和助が口々に言う。
「いいえ、出かける都合もありますから、先に食べてね」
女将の言うことは絶対である。二人は奥へ入っていった。
おつるは店頭に立つ吉松に声をかけた。
「吉松、立っていなくても良いですよ。そこに座ってお客様が来たらご案内してね」
店内は手代の位置である。吉松はえっと言う顔をしたが、嬉しそうに移動して和助の後に座った。
おつるは、松崎の後にそのまま座った。温もりが残っている。嬉しそうな顔をして、さらに片手でその温もりを確かめた。
4半刻程(30分)して、手代二人は戻って来た。
「お先にすみませんでした」
手代二人は頭を下げて、いつもの定位置に座った。吉松はあわてて立ち上がり、
「すみませんでした」
和助に謝る。和助はにこにこして、
「手代見習いとして、あっしがいないときはここに座るんだよ。それは見習いの仕事だよ」
「和助、ありがとう。私が言いつけました。これからもよろしくね」
そこへ松崎が戻って来た。
「おつるさん交代しよう」
「はい、では、行って来ます。吉松、食事ですよ」
おつるは座布団を裏返しにすると、吉松を伴って奥に入って行った。松崎はそれを知らぬふりをして裏に返した。
ほのかな温もりに、松崎は身体の芯が熱くなった。じっとそのまま動かず座っていた。
「女将はいるか?」
店に入りながら大声で言う。見れば丸源の代貸である。子分を二人連れている。和助はおどおどと立ち上がり、
「へい、いらっしゃいませ。あいにくと出かけておりますが…」
咄嗟に嘘を付いた。代貸は目線を奥に戻す。
「あっ、先生!失礼いたしやした。ごめんなすって」
松崎は代貸をまっすぐに見た。代貸は急に低姿勢になり、
「注文いたしやした。半纏(はんてん)のことで参りやした」
松崎は黙って代貸を見ている。代貸は即座に、
「へ、追加の注文をお願いに参りやした」
「そうか、聞いておこう」
「へい、30人分追加をお願えいたしやす」
「わかった。親分によろしくと伝えてくれ」
「ありがとうさんにございます」
代貸は注文に来たのにお礼を言って帰って行った。治助も和助も唖然としていた。治助が口を聞いた。
「先生!ご存じだったんですか?」
「いや、代貸は先だって会っただけだ。親分とは江戸での顔見知りだ」
「先生は凄いお方だったんですね。これからも、どうぞよろしくお願い致します」
そこへおつるが食事を終えて入って来た。
「どうかしましたか?」
何だか様子がおかしい。やんわり尋ねると、治助が口を聞いた。
「今、丸源の代貸が来ました。驚きました。先生に聞いて下さい」
「半纏を30人分追加に来た。勝手に返事をしたが大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。本気の注文だったのですね」
「本気とは?」
「実は嫌がらせかと思っていました」
「ははは、丸源には顔出しをして来たと、おつるさんには言っておいたが」
「そうでした。ありがとうございました」
おつるは胸が熱くなった。松崎の改めての頼もしさに、その胸に飛びついて行きたい気持ちだった。
つづく
次回は12月31日朝10時に掲載します
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- 3分小説 1.忘れ物2,思わぬ言葉3.やさしい嘘
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- 7.書きかけ手紙8出さなかった手紙9泣き笑い
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