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    29、新護り屋

 竹蔵は玄関横の看板を見て驚いた。訪なうと玄関の引き戸が開き、書生らしき若い男が出て来た。


「先生はいらっしゃいますか?竹蔵と申します」


 竹蔵はまさか使用人がいるとは思わなかった。


「お待ち下さい」


 太吉は一番奥の部屋の前で、


「先生、竹蔵様と言う方がお見えです」


 辺見は賃粉を切る手を止めて、


「隣にお通ししなさい」


 竹蔵の訪問は初めてである。まして朝の仕込みの時間である。何事かと思った。先に座って待った。


 竹蔵は部屋の前で驚いた口ぶりで、


「先生、他にもお仕事なさっているのですね」


「ま、そこに座ってくれ」


 竹蔵が座ると太吉がお茶を持って来た。竹蔵は安心したが看板が気になって仕方がない。


「突然お伺いしまして申し訳ありません。近くに用事できたものですからご挨拶をと思いまして」


 竹蔵はまさかのことを思った自分が恥ずかしくなった。


「先生、表の看板は何でしょうか?」


「知人からやむなく受け継いでな、読んで字のごとくだ。人をお護りするんだ。平たく言うと用心棒かな」


「用心棒とは物騒な仕事ですね。町中では集金人が襲われることが頻繁に起きています。かと言ってお侍さんにお願いするわけにはいきません」


 竹蔵は饒舌にしゃべり始めた。


「あっしにも昔のよしみで頼んでくるものがおります。蕎麦屋を閉めるわけいきませんからお断りしていますがね。あまりにも頼まれるから若い衆を紹介しています」


「若い衆?」


「はい、足を洗って大工などをやっておりますが、良い小遣いになると喜んでいます。元々その道で慣らした男だから腕っぷしは立ちます」


「話を聞いた連中が、あっしのところへ仕事は無いかと来るんですよ。昔面倒見た若い衆だから何とかして上げたいのですが仕事は無いですよ」


「ほう、それは困ったことだな。ちなみにいくら貰ってるのかな?」


「半日で二朱金一枚です。大工の1日の手間賃と同じです。良い金になりますからね」(二朱金=12500円)


 辺見は竹蔵の話に目が覚めた。護り人は侍だけでなくて良い。これだと思った。


「義父上、その若い衆は何人ぐらいいるのかな?」


「3人です。あっしが足を洗わせて大工をさせたんです。我が子と同じです。使ってやって頂けませんか?」


「良いでしょう。義父上の推薦なら間違いない。ただ、仕事は月に2,3回です。大工仕事は続けて貰いたい」


「へ、それは逆にありがたいです」


「それでは面通しをしておきたい。明日、仕事を終えたらここに寄るように言ってくれ」


「ありがとうごぜえやす。あっしの面目も立ちます。よろしくお願いします。それじゃ、早速連絡をして来ます」


 竹蔵は帰って行った。心配は杞憂だった。そして若い衆を使ってくれると言う。後ろ姿には喜びが溢れていた。


 次の日夕7つ半(17時)を少し前、3人は揃って訪問して来た。上がろうとせず玄関に並んで立っている。


「仕事着のままで汚のうございます。ここで結構です」


 兄貴分の勝三が頭を下げる。3人から汗と木くずの匂いが漂っている。


「良いから、上がってこい」


 辺見のもの言いは有無を言わせぬ雰囲気があった。3人は草履と足袋を急いで脱ぐと上がって行った。


 6畳の入り口近くに3人は揃って座った。辺見は3人の姿をじっと見ていた。


 大工着である。上に半纏、その下に腹掛け。下半身は股引きを履いている。辺見はなるほどこれは良いと思った。


街人の着衣は着流しが普通である。今で言うと浴衣を着ていると言えば良いだろう。


 着流しは両手両足の動きを妨げる。特に脚は走るのに困った。脚に絡まぬよう裾を後ろにからげて走った。


 その点、股引きは脚を自由に動かせる。腹掛けは両手を自由にしてそのまま動かせる。大工仕事の理想着である。


 人を護るのに侍なら剣がある。剣捌きに着流しは左程不自由ではないが、護り人は袴を着た。動きを妨げないためである。


 勝三は、辺見が何も言わずじっと見ていることに不安になり、口を聞いた。


「あっしは勝三と申します。隣が治助その隣が吉次と言います。どうぞよろしくお願い致しやす」


「うん、皆なかなかの面構えだな。大工仕事は慣れたか?」


「へっ?おやじから聞いていらっしゃいましたか。面目ありません」


「いや、それが良いのだ。お前たちの仕事は人を護ることだ。義侠心がいる。我が身を捨ててかかることだ」


「へえ、おやじに骨の髄まで仕込まれました」


「気に入った。最初は月に2.3回の仕事をしてもらう。様子を見て増やしていく」


 次の日、辺見は集金の必要そうな呉服屋の大店を訪問した。5店回って全てお願いされた。代金は1両にした。


 最後は一番の大店だった。腹掛けや股引き等5人分の大工衣装を買い求めた。半纏は紋無しである。色は紺。


 その一番の大店を勝三に護りをさせた。思わぬことが起きた。


 刻は夕7つ(16時)を過ぎ、番頭は最後の集金が終わりほっとして勝三にねぎらいの言葉をかけて来た。


 そこは街中とは言え、大きな屋敷である。門を出ると静かで人の通りは無い。


「ありがとうございました。これで終わりです。おかげで安心して集金が出来ました」


 番頭が言い終わるやいな、だっと男が後ろから走り抜けた。集金用の大きめの巾着袋をひったくり逃げた。


 勝三は機敏だった。男が2,3歩踏み出したときは、その男に馬乗りになって男の頭をぽかぽか殴っていた。


 男がぐったりすると勝三は馬乗りになったまま、自分の腹の晒(さらし)を解いた。


 男をごろりをひっくり返すと後ろ手にその晒で縛りつけた。男は30歳前後で荒んだごろつき顔をしていた。


 男は集金の日を知っていた。店を出た時からつけて来たようだ。後ろの勝三を職人風情となめていた。


 勝三は男を番所に突き出した。そのことはその日のうちに深川中の噂になった。


 次の日、護り屋は早速5件の依頼を受けた。この場所を良く調べたものだと辺見は驚いた。


 困ったことになった。集金日は月末と月初めで依頼が重なってしまった。依頼の内2件は断ってしまった。


 しかし、依頼はその次の日も続いた。苦肉の策で来月からと受けたが人の算段が付かない。


 竹蔵にさらに2人紹介して貰ったが、これ以上の護り依頼は受けられない。しかし、半月も経つと護り人の志願者が現れた。


 護り人は目立ってはいけないと勝三らに言い含めていたが、世間の目はそうはいかなかった。


 紺の半纏に紺の腹掛け紺の股引きと紺づくめ。洗いざらして清潔である。顔はきりっとして一部の隙も無い。腹にはドスを飲んでいる。


 これは護り屋のいでたちと認識されるようになった。もう大工着ではなかった。颯爽とした護り屋の着衣である。


 護り屋は死を覚悟でいる。護り屋が後ろに付いているだけで襲われなくなった。その姿は粋で女性の目を引いた。


 辺見は護りを2つに分けた。札差からの依頼は命の護り、大店からの依頼は集金の護り。


 新しい護り屋は順風満帆の滑り出しだった。それにつれて賃粉切りの仕事がうっとうしくなって来た。


                      つづく

次回は10月6日火曜日朝10時に掲載します