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    28、潔さ

 朝5つ(8時)の鐘と共に山形屋の始まりである。帳場に座った松崎。手代の治助はその横に、和助は店中央に座った。


 反物が並べられた品台が、店内と店前に並べられている。店前は掃き清められ水が打たれ、清々しいようだ。


「昼には帰ります。松崎さんよろしくお願いします。治助和助、よろしく頼みますよ」


 おつるは吉松を供に店を出た。吉松の背には反物が20反ほど背負われていた。顧客を訪問するのである。


 顧客は取引が長く、購買額の大きい武家屋敷に限った。3百近い顧客の中から20軒に絞った。


 日頃、山形屋が反物を持って顧客を伺うことは無い。集金と間違えられ、気まずい思いをしたがにっこり笑うと、


「杉田様にはいつも大変お世話になっております。心からお礼申し上げます。ありがとうございます」


 おつるは深々と頭を下げ、言葉を続けた。


「今日は、先日良いお品が入りましたので、まずはお先にご覧いただきたいと思いましてお伺い致しました」


「あら、そう言うこと?では見せてもらおうかしら。では庭の方に回ってね」


 武家は商人を玄関から通すことは無い。庭先へ回って貰った。落葉の季節にも関わらず綺麗に掃き清められていた。


 庭で待つと、障子が開けられ縁側へ武家の女房が出て来た。


「こちらへ来なさい」


 明るい日差しの中で、反物を並べた。店内でしか見たことのない反物が、日差しの中で別物のように見えた。


 おつるはその中の一反を持ち上げると、3尺程ほどいて見せた。女房は言葉を無くした。

濃紺地に桐の小花が薄い桃色に染め抜いてある。柔らかい陽の光に凛として咲き、目に染みた。


 その気品に満ちた佇まい。女房は息を止めて見入った。


 おつるが巻き戻そうとすると、


「ちょっと待って!」


「はい……」


 おつるは手を止めた。


「それ、頂くわ」


「ありがとうございます。でも、他のもご覧いただきませんか?」


「その必要はありません。これで仕立ててね」


 女房は他の反物は見ようともせず立ち上がった。


「寸法を採って下さる?」


「はい、採らせていただきます」


 玄関を出て10歩程歩いたところで吉松が聞いた。


「女将さん、どうなっているのでしょうか?奥様は以前にあの反物を、ご覧になったことがあるのでしょうか?」


「吉松、よく覚えときなさい。着物は人の出会いと一緒です。一目で心に響いたのです。さすが武家の奥様です」


「あっしは、たとえどんなに気に入っても、他の反物と見比べなければ納得しません」


「武家にも色々ありますが、万象全てを潔しとするのが武家の生き方です」


「それがどう関係あるのですか?」


「決めたら迷わないと言うことです」


「それならわかります。武家とは奥様もそうなんですね」


 吉松はそれでわかった気になった。おつるも明るい陽の光の中で、反物が真の輝きを見せたのに気付かなかった。


「次は小柴様のお屋敷です」


 おつるは言いながら、さっさと歩く。吉松は追いかけるように後に続いた。


 小柴家でも庭先にから通された。縁側は温かい陽ざしが当たり心地良かった。


「見せてご覧、新しい品とは気になります。中へ入りなさい」


 縁側から中の座敷へ通された。そこには陽の光は当たらないが、明るい八畳の座敷であった。


「失礼を致します」


 吉松から反物の入った風呂敷包みを受け取り入っていった。


 吉松は庭に控えている。背にはもう一つの風呂敷包みを背負っている。


 おつるは10本の反物をづらりと並べた。その中から1本を取り上げ3尺程ほどいて見せた。


 気に入らないのか、無言でいる。おつるは反物を次から次へとほどいていった。


「他のも見せて」


 庭に立つ吉松の方を見る。おつるは吉松の背の風呂敷包みを降ろさせた。吉松は背が軽くなってふーっと息をした。


 おつるは初めの反物の横に9本並べた。


「数が半端ね」


「はい、語呂合わせにございます。幾久しゅう(19)お付き合いをお願い申し上したいとの暗示でございます」


「ほほほ、見事ね」


 笑いながら奥女は、その9本を丹念に品定めをした。そして初めの10本も合わせて再度丁寧に見直し、中から3本を選び出した。 


 それから、4半刻程して1本を選び出し、


「これを頂くわ」


「ありがとうございます。お仕立てになさいますか?」


「もちろんよ」


「では奥様、採寸をさせていただきます」


 小柴家を出たときは昼4つ半(11時)を過ぎていた。一刻(2時間)程訪問していたようだ。


「吉松、帰りますよ」


「はい……」


「どうしたの?」


「女将さん、聞いても良いですか?」


「良いわよ、横に並んで歩きなさい」


 吉松は、言われても半歩下がった位置で話し始めた。


「小柴様は選ぶのにお時間がかかりましたが、お武家様では珍しいのでしょうか?」


「珍しくありません。慎重と言っても良いかもしれませんね。今は町屋の人達と考えは変わりません」


「でも先程は、お武家様は潔いとおっしゃいました…」


「そうです。最初に伺った杉田様は古風なお武家様です。今では珍しいお武家様と言って良いでしょう」


「女将さん、あっしは今日初めてお武家様を訪問致しました。実は怖くて、門を入った時から足が震えていました」


「誰でもそうですよ。私も同じでした。慣れることです」


 店に帰ると、治助と和助が急いで出て来て迎えた。


「女将さん、どうでしたか?」


「2反売れました。午後はまた回ります」


「えっ、2反も売れたのですか?」


 治助と和助は驚いて次の言葉が出てこない。


 おつるはそのまま帳場の横を通りながら、


「ただいま帰りました」


 と松崎に挨拶をし、奥へ入ろうとする。


「おつるさん、さすがだね。聞こえていたよ」


 松崎がにっこり笑いながら言う。おつるは松崎に褒められて嬉しくなってにっこり微笑み返した。


                       つづく

次回は12月24日朝10時に掲載します