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     27、もどかしさ

 「はい…」


 おつるは次の言葉を待った。松崎は手を離すと、


「もう、今夜は心配ない。安心して寝るが良い。私も部屋に戻る」


 おつるの次の言葉を待ったが、間が取れず立ち上がると部屋を出て行った。おつるはじっと座ったままでいた。


 部屋にいて欲しかった。言葉が見つからなかった。出て行ってしまった。胸が締め付けられるようだった。


 狼藉を受けた身が悲しかった。きれいな身体であれば引き留めも出来たであろうと思った。出来もしないのに。


 松崎は部屋に戻ると立ったままでいた。おつるの部屋に戻る理由はないかと考えた。何も思いつかない。時は過ぎゆく。


 夜は明けきらぬ暁7つ半(朝5時)。およねが起きだして来た。朝飯の支度である。


 4半刻(30分)後おつるが起きて来た。


「おはよう。昨夜は遅くまでありがとう。眠れましたか?」


「はい、女将さん。ぐっすり寝ました。おかげさまで良い夢を見ました」


「そう、どんな夢かしら?」


「内緒です」


「あら、言えない夢ね。どんな夢かしら?」


「正夢ってあるんですよね?」


「あるわよ。ひょっとして良い人の夢かしら?」


「えっ、どうしてわかったのですか?」


 およねは顔を赤くした。純朴な今年26歳の年増である。


「顔に書いてあるわよ。良かったわね。そうそう、今朝から松崎さんも一緒に食事しますからよろしくね」


「はい、承知しました。賑やかになって良いですね」


「もう少ししたら起しに行って来ます。食事はいつもの時間で良いですよ。よろしくね」


「おかみさん、先生はあたしが起こしに行きますよ」


「良いのよ。朝は暇ですから、私が行きます」


 おつるは部屋に戻ると、いつもより念入りに化粧をして髪整えた。嬉しそうである。


 明け6つの鐘が鳴った。部屋を出ると松崎の部屋に向かった。入口の襖越しに声をかけたが返事がない。


「松崎さん、松崎さん、松崎さん」


 襖を開け、また声をかけた。返事がない。中へ入った。続きの4畳半と奥の8畳の間の襖は閉まっていた。


「失礼します」


 間の襖を開け中を見ると、松崎が横向きになってぐっすり寝ている。おつるはそばに行った。そっと顔を寄せた。


「松崎さん、起きて下さい」


 耳元で囁くように言った。ふっと男の匂いがした。おつるはドキッとした。


「あっ、おつるさん。どうした?」


 松崎は入口でのおつるの声掛けで、目が覚めていた。寝たふりをしていたのである。抱き寄せたかった。堪えた。


「起きて下さい。お食事になります」


「そうだったね。一緒に食事だった。今、起きる。ありがとう」


 松崎は布団の中は、素っ裸で寝ていた。起き上がれない。


「それでは、お待ちしてます」


 おつるが出ていくと。緊張が解けた。力が抜けていくようだった。好きだ。どうにもならなくもどかしい。

 

「女将さん、もうすぐ食事の支度が出来ます。先生、大丈夫でしょうか?」


「今、起して来たから、直に来ると思うわよ」


「昨日は、お疲れでしたからぐっすり寝ていらっしゃったでしょう?」


「なかなか起きなかったわね。江戸から帰って来たばかりでもからね」


「おはようございます」


 吉松が来た。


「眠れましたか?昨日はありがとう。吉松は頼りになるわね」


「何にも役に立っていないのに、そんなふうに言ってもらうと嬉しいです。これからも戸締りは任せて下さい」


 そこへ松崎が入って来た。


「おはよう!みんな揃ってるな。今日から一緒させてもらう。よろしく」


 松崎が入って来ただけで、ぱっと明るくなった。三人口々に挨拶を交わす。


 すぐに和やかな朝ごはんが始まった。おいしそうな味噌汁の匂いがあたりに漂った。


                       つづく

次回は12月17日火曜日朝10時に掲載します