Shopping Cart
Your Cart is Empty
Quantity:
Subtotal
Taxes
Shipping
Total
There was an error with PayPalClick here to try again
CelebrateThank you for your business!You should be receiving an order confirmation from Paypal shortly.Exit Shopping Cart

       26、茶碗酒

「神代殿はご無事か?」


「はい、肩口を切られています。今、源安先生に来ていただいております」


「すぐに行こう」


 辺見は両刀を携えると表に出て駆けだした。今の場所から10町程(1㎞)のところにある。


「神代殿、失礼致す」


 玄関先で声を掛けるとそのまま上がって行った。


「おお、辺見殿か。ご心配かけ申した」


 神代はいつもの場所に座っていた。


「大丈夫でござるか?」


「かすり傷だ。大したことはない。不覚を取ってしまった。呼び立てしてすまぬ。実は早速仕事をお願いしたい」


「いつのことです?」


「今日、暮6つに蔵前の札差大善に行って貰いたい」


「承知いたした」


「すまぬ。急な仕事ゆえ倍額支払う。これは前金の4両。後金は6両お支払いする」


「ほほう!シメて10両とは良い仕事ですね」


「実は昨夜、護り人に前金を渡そうと振り返った時切りつけられた。咄嗟に避けたから、浅手で済んだが命を取られるところだった」


「と言うと、この仕事はその男の仕事だった?」


「うちの仕事はまだ半年しかならないが、機会を待っていたのだろう。なめられたものだ」


「その男はどうしました?」


「腹に深手を負っているはずだ。逃げ帰ったが、生きているかどうか」


 神代は眉ひとつ動かさず平然と言い放った。顔に底知れぬ不気味さが漂っている。


 足音で分かった。お雪は引き戸を開けて辺見を迎えた。


「お帰りなさいませ。ご無事で何よりです。大丈夫でしたか?」


 真っ青で憔悴しきった顔になっていた。


「うん、大丈夫だ。心配かけたね。朝めしの途中だったね。お茶でも貰おうか」


 にっこり笑いながら言う。その顔を見て心配の氷が瞬時に溶けた。


「はい、すぐお淹れします」


 辺見は護り屋のことは話さなかった。余計な心配をさせたくなかった。お茶を飲みながら笑顔をお雪に向けて、


「これから義父上(ちちうえ)に、届け出の報告に行こう」


 義父上と言われたことにお雪は胸が熱くなった。辺見は侍である。この人の為ならどんなことでもすると思った。


 昼4つ半(11時)。二人は蕎麦屋を訪れた。引き戸を開けて入って行った。竹蔵は仕込みの最中である。


 訪のう声に二人を見ると手を止めて板場から出て来た。辺見に挨拶をしようとすると、


「義父上、昨日結婚の届けを出して来ました。これからは幾久しくよろしくお願い致します」


 辺見が立ったままであるが、深く頭を下げて挨拶をした。竹蔵は届け出の報告以上に義父上の呼び方に驚いた。


「せ、先生。ありがとうございます。こちらこそ幾久しゅうよろしくお願い申し上げます」


 竹蔵は唇を噛みしめ込み上がり来るものをぐっと堪えて、


「先生、義父上はもったいのうございます。竹蔵とこれまで通り呼んでくだせえ」


「いや、不肖の息子ですがよろしくお願いします」


「とんでもございません。こちらこそどうぞよろしくお願いします」


 竹蔵は片腕で両目を抑えると、板場から湯のみを二つ持って来た。見ると酒がなみなみと注がれている。


「先生、一杯いきましょう」


「おっ、これは良い」


 二人はきゅーっと一息に湯呑を開けた。


「うまい!」


 二人は同時に同じ言葉を発した。お雪はあっけにとられていた。でもその顔はにっこりと嬉しそうだった。


 竹蔵はもう一杯と言いたかったが仕込みがあるで自分は止めて、


「先生、どうぞ!」


「うまい酒だった。今日はこれで失礼する。又改めて伺います」


 言い終わるとお雪に向き直って、


「お雪、これからお店は忙しくなる。父上を手伝って来ると良い」


「先生、お気遣いありがとうございます。お雪は嫁に出しました。親が自分のために娘を引きずってはなりません。もうじき手伝いが来ます。ご安心ください」


 その時、引き戸が開いた。


「こんにちは親爺さんいらっしゃいますか?」


 16,7歳程の小柄な娘である。ほっぺがまだ赤い。目をくりくりして言う。


「お米(よね)ちゃんか?」


「はい、大工米蔵の娘です。よろしくお願いします」


「こちらこそよろしくね。丁度良い。紹介しておこう。こちらが先生で、こっちが娘のお雪だ。二人は夫婦だ」


「はい、お米と言います。どうぞよろしくお願いします」


「しっかりしているわね。これ、あたしのお古だけど使ってね」


 お雪は板場から前掛けを持って来て渡す。お雪は本当に嬉しそうだ。実は店のことが心配でならなかったのである。


辺見とお雪は長屋へ帰って行った。二人の心は晴れ晴れとしていた。


                      つづく

続きは9月15日火曜日朝10時に掲載します