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    25、お遍路

 「吉蔵さんよ、いつになったら出て行くんだよ。今日で10日になるぜ」


「すまねえ、明日まで待ってくれ。頼む」


「おめえさんには世話になった。2、3日と言うから泊めたが、良い加減にしてくんな」


「今夜、めどがつく。明日まで待ってくれ」


「今夜と言うが、もう亥の刻(22時)も過ぎたぜ」


「あてがあるんだ。これから、出かけてくる」


「そうかい、わかった。明日までだぜ。丸源の若い衆がこの辺りまでうろちょろしてるらしいぜ。気をつけな」


 街はずれの一軒長屋。都合良く、家前を人が通らぬ一番奥の部屋である。街中までは四半刻(30分)の距離である。


 暗い夜道を、吉蔵は提灯も持たずに急ぎ歩いた。手には風呂敷に包んだ縄梯子のみである。


 山形屋へ着いたのは、4つ半(23時)に近かった。辺りは歩く人も無く。しーんと静まりかえっていた。


 脇道へ入り、敷地の一番奥。蔵の後ろにある塀の前に立った。縄梯子を塀の向こう側へ向けて投げた。


ガタリと音がして静けさに響いた。あたりを見回したが何の変化もない。安堵してそっと引いてみた。


 するすると伸びて、先につけた金具がカキッと音と共に止まった。縄梯子を手にすると、ひと足づつゆっくり上った。


 塀の上で、梯子を反対に付け変え静かに降りた。辺りを見渡し、気付かれていないのを確認すると主人部屋へ向かった。


 主人部屋は、かっては自分がいた部屋で金や金箪笥はここにある。今はおつるの部屋のはずである。


 外から見ると、雨戸があり板張りがあって障子となっている。中は10畳の部屋である。その雨戸の1枚を外した。


 気付かれていない。少しづつ障子を開け中へ入ろうとした。途端、吉蔵は頭に衝撃を受け気を失った。


「うっ、うーん」


 吉蔵は目を開けた。松崎が背中へ拳で活を入れた。手は後ろ手に、足は足首を縛られていた。殆ど動けない。


「吉蔵、この上盗みか。懲りない男だな」


 松崎が静かに言う。目の前におつると吉松におよねが立っている。


「おまえの借金、三百三十両はおつるさんが払った。しかし、丸源はお前を探しているようだ。これから呼びにやる」


「ま、待って下さい。それだけは勘弁して下さい。番所でもどこでも行きます」


「ははは、それは無理だ。まだ、何も盗んでいない。ただ押し入っただけだ。罪は軽い。おつるさん、どうしようか?」


「姉さんも、祖母もこの男に殺されたようなものです。絶対許しません!」


 おつるが涙を浮かべながら言う。


「おいらも、いじめられて首にされました」


 吉松が悔しそうに言う。


「私は手籠めにされて、辞めさせられました。殺してやりたい」


 およねが憎々し気に言う。


「丸源に引き渡すとどうなりますか?」


 おつるの言葉に松崎は、


「この男は逃げ回り、丸源は面子をつぶされたからな。死ぬ程の地獄を味わせてから、簀巻きにして川へどぶんだな」


 吉蔵は癪を起したように、ガタガタと全身で震え始めた。しゃべろうとするが、歯が噛み合わず声にならない。


「お・つ・る・さ・ま・ゆ・る・し・て・く・だ・さ・い」


 やっと声にして言う。転がったまま震え続ける吉蔵が哀れに思われた。


「た・す・け・て・く・だ・さ・い」


 全身で震えながら必死に言葉をつなぐ。


 何を思ったか、松崎が手と足を結んだ腰紐をほどく。吉蔵は咄嗟に逃げようとする。松崎が足払いをする。


「懲りない男だな!座れ!」


 吉蔵は畳に頭を擦りつけるように土下座して謝る。


「許して下さい。お願いします。お願いします」


「吉松、丸源に知らせて来い。こやつ、性根から腐ってる」


「吉松待ちなさい。松崎さんお待ち下さい」


 おつるが止めた。


「吉蔵、出家しなさい」


「はい、出家致します。ありがとうございます」


「およね、ハサミと剃刀を持って来なさい」


 吉松の手で、吉蔵の頭はつるつる坊主になった。


「まずは秩父札所巡りをすることです。出来ますか?」


 おつるが静かに言う。


「はい、致します」


「おつるさん、それで良いのか?この男無理だぞ」


「吉蔵は改心します。きっと、改心します」


「わかった。おつるさんがそこまで言うなら、もう何も言わない」


 松崎は吉蔵に向き直ると、


「改心しろよ。これから、川越を出れば、丸源には見つからないだろう。まして、江戸とは逆方向だ」


 おつるは文箱から1両を包むと、吉蔵に餞別として渡した。吉松とおよねは納得がいかなかった。


                       つづく

次回は12月3日火曜日朝10時に掲載します