うちのひろと

♪退屈な待ち時間などに3分小説をどうぞ
面白い!気分が明るくなります。読後感が爽やかです
3分41話.5回8話.10回6話.15回7話.23回1話
時代小説9話
[がまの油売り][ひきょうもの][やぶ医者俊介]
[どんぶりめし][人に華あり][おつる][ちんこきり]
[護り屋異聞記] [片腕一刀流]
24、闇夜
「先生、湯加減はいかがですか?」
湯殿の外からおよねが声をかけた。
「丁度良いね。ありがとう」
松崎は両手両足を樽から出して、身体だけを湯に沈めて気持ち良さそうにうとうとと眠りかけた。
「松崎様、浴衣を入口の前に置いて置きます」
おつるの声である。松崎ははっと目覚め、
「何だ!何か言ったか?」
「浴衣を、お持ちしました」
「それは、ありがたい。中に入れてくれ」
おつるはどきどきしながら、引き戸を開け板敷の上に置いた。俯いたままである。顔は真っ赤になった。
その時、松崎はざばっと桶の中で立ち上がった。色白だが引き締まった上半身。湯をぱしっと弾いている。
おつるはその音に驚いて咄嗟に前を見た。裸の上半身が目に入り、身体がきゅっと引き締まった。
「ここに置いて置きます」
それだけ言うと引き戸を閉めて自分の部屋に戻った。座ると松崎の裸の上半身が眼に焼き付いて離れない。
こんなことは初めてである。ぼーっと座ったままでいた。
「女将さん、仕出しが届きました。どこに置きましょうか?」
おつるは、はっと我に返り、
「先生の部屋に持って行ってね。それからお酒を燗をしてね。それは私が持って行きます」
仕出し料理は品数が多く、箱膳二つに並べられた。程なくして、松崎が風呂から上がり部屋に入った。
見計らうように、おつるが燗酒を持って入って行った。松崎は膳の前に座っていた。
「お疲れさまでした。お酒のご用意を致しました」
「すまないね。膳が用意されているから、卑しくも食べようとしたところだった。ははは」
おつるは徳利の入った盆を下に置き、徳利を手にして松崎に勧めた。松崎は膳の上の盃を手にして受けた。
「うまい!五臓六腑に染み渡るとはこのことだ」
「どうぞ」
おつるはにっこり笑って酒を注ぐ。
「ありがとう、後は手酌でやる。女中を雇ったのか?」
「はい、およねと言います。この春までここで働いておりました」
「それは気心が知れて良いね。ところで、吉松はどうだ?市松の旦那に、おつるさんによろしくお願いしますと言伝を貰って来た」
「はい、機転が利き良く動きます。手代見習いとして働いてもらっています」
「ほう!手代見習いか。旦那が聞いたら喜ぶだろうな」
「松崎様、お帰りいただいて嬉しゅうございます。しばらくご滞在いただけますか?」
「そのつもりだ。明日から何をしようか?」
「いいえ、何もしていただかなくて結構です。山形屋にいていただくだけで良いのです」
「何を馬鹿なことを言う。明日から、又、帳場に座っていようと思うがどうだ?」
「ありがとうございます。実はお得意様回りをしたいと思っておりましたが、帳場を開けるわけにもいかず困っておりました」
「そうか、では丁度良いではないか。そうしよう」
おつるは松崎に帳場に座って貰いたかった。しかし、自分からは言えなかった。その思いがけない申し出に喜んだ。
「では、江戸からお戻り頂いたばかりです。明日はゆっくりお休みしていただいて、明後日からお願い致します」
「疲れてなどいない。明日からで良い」
「わかりました。それでは申し訳ありませんが、よろしくお願い致します」
おつるは嬉しそうだ。徳利を持って勧める。
「いや、もういい。腹が減った。飯にしてくれ」
おつるは台所へ下がって行った。およねが控えていた。
「お酒、燗の用意が出来ております」
「いいえ、ご飯にしてね」
その時、吉松が入って来た。
「女将さん、終わりました」
店を閉めてから四半時は、片付けや後始末に時間がかかる。それは吉松の仕事だ。その吉松が浮かぬ顔をしている。
「どうしました?」
「はい、裏木戸をこじ開けようとした跡があります」
「裏木戸?脇木戸ではなく?」
「はい、裏木戸です。新しいこじり跡です。一昨日は付いていませんでしたので昨日だと思います」
「見てみましょう」
おつると吉松は裏木戸に行った。引き戸である。戸に付いた桟を横に滑らし、木戸柱へ入れる仕組みである。
その桟をこじってずらそうとしたらしい。こじった後が真新しい傷になっている。
「泥棒に入ろうとしたのかしら…」
「違うと思います。泥棒ならこじったぐらいであきらめません。塀を乗り越えたと思います」
「そうね、吉松の言うとおりだわ。今日から、戸締りは特に気を付けてね」
と言いながらおつるは思い当っていた。吉蔵に違いないと思った。
「さあ、お腹空いたでしょう。夕食にしましょう」
台所に戻ると、
「女将さん、先生にご飯お出ししました」
「ありがとう。それじゃ、私たちも食べましょう」
と言いながら自分が持って行くつもりだったから、がっかりした。
「先に食べててね。ちょっ話してくる」
おつるは松崎の部屋に入って行った。
「はい、お代わりどうぞ!」
「おっ、丁度良いところだ。見てたのか?」
「はい、襖の隙間から見てました」
「そうか、道理で隙間風が入ってくると思った。おつるさん、食事は?」
「はい、後でいただきます」
「おつるさん、ここで一緒に食べよう」
「いえ、みんなと一緒ですから」
「みんな?」
「はい、およねと吉松です」
「そうか、私も一緒ではまずいか?」
「いいえ、松崎様はお部屋でお召し上がり下さい」
「それは味気ないな。一緒にしてくれ」
「台所は板張りですよ」
「そんなのは構わない。一人で食べるのは、旨いものも不味くなる」
「わかりました。では明日の朝からそう致します。食事が出来ましたら呼びに伺います」
「うん、よろしく頼む」
この夜、墨を塗ったような曇り空。月は隠れ、闇夜である。吉蔵は縄梯子を用意し、夜が更けるのを待っていた。
つづく
次回は11月26日朝10時に掲載します
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