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      24、酔い任せ

 辺見は開けた瞬間後ろへ飛んだ。


「誰だ?」


 抑え気味の声で聞いた。


「私です。お雪です」


「お雪さんか、どうした?」


「お食事をお持ちしました」  


「それは、ありがたい。夜泣きうどんでも食いに行こうかと思っていたところだ。灯りを点けよう」


 引き戸を閉め、両刀を腰から抜くと手に持ち上がって行った。行灯に灯を点す。お雪はその姿に驚いた。


 辺見は肩衣に袴姿。武士の姿である。その姿に驚いてじっと見つめていた。


「あっ、すまん。仕事だ」


「・・・・・」


「護り屋の仕事だ。用心棒と言った方が分かり易いかな」


「護り屋さんをなさっていらっしゃるのですか?」


「そうだ。日頃は賃粉切りだ」


「それはお聞き致しております」


「おっ、おにぎりのようだ。早速いただいて良いかな?酒もある。こりゃ良い。願ったり叶ったりだ」


「どうぞ、お召し上がり下さい。では、失礼します」


 お雪は向き直り引き戸に手を掛けながら、引き留めてくれないのかしらと躊躇しながら開けようとした。


「お雪さん、酒を付き合ってくれないか?」


「はい」


 お雪は嬉しくて即座に答えた。酒はほとんど飲めない。盃一杯で顔を真っ赤にする。


 辺見は返事を聞くと、竹の皮を開いておにぎりを食べ始めた。3個のおにぎりをあっという間に食べた。


 めざしは2本だけ食べてつまみに残した。お雪の用意した湯呑の水を一気に飲み干すと、


「うまかった。ありがとう。酒にしよう」


 飲み干した湯呑を前に出す。お雪は移し替えた通常徳利から湯呑に注いだ。辺見はまた一気に飲み干した。


「さ、お雪さんも飲もう!」


 辺見は目の前の盃をお雪に渡した。それは辺見のためにお雪が用意したものだった。


 お雪は注がれるままに3杯目の盃を飲み始めた。辺見は一言も話さず思いつめたようにじっとお雪を見ていた。


 お雪は、だんだんに身体がぽーっと熱くなり、身体がぼんやりして良い気持ちになって来た。


「先生、どうしたのですか?お黙りになって・・・」


「お雪さん、それがしが嫌いか?」


「好きです・・・」


 お雪は俯きながら小さな声で言った。酒の酔いが心の扉を緩めた。


「本当か、本当に好きか。では聞くが、結婚をしない理由を聞かせて欲しい」


「それはしないのではありません。良い人がいないのです。いてもその人は身分が違います」


「そうか、身分違いの良い人がいるんだな。そうかそう言うことか。やっとわかった」


「何がわかったのですか!先生は卑怯です」


「なに、卑怯?どう言うことだ」


「そうでしょう。何の償いか知りませんが、出来もしない結婚をしようとおっしゃいました」


「うん?それはそれがしのことか?」


「先生のことです。結婚が出来ないことを承知でおっしゃるからです」


「何を言う。それがしは五体満足だ。何の不足も無い」


「そう言うことではありません。身分のことです」


 酔いはお雪の口を滑らかにした。躊躇なく返答をする。


「身分?それがしの身分?」


「先生は武士です。町人は武士とは結婚できません」


「は、はははは!」


 辺見は高らかに笑った。


「それがしは武士ではない。浪人だ。身分など無い。あえて言うなら、商人と同じ末席の身分だ」


「・・・・・」


 お雪は言葉が無かった。しかし、言っていることが良く呑み込めない。


「そうか、良くわかった。お雪さん。嫌いでなかったら是非結婚して欲しい」


 お雪は辺見の顔を窺がうように見た。にっこり優しく笑っている。


「先生!好きです。結婚して下さい」


 酔いなどどこか行ってしまった。お雪は酔ってるふりをして両手で抱きついて行った。辺見はしっかり受け止めた。

 

 この夜、お雪は泊った。朝食を済ませると二人は揃って竹蔵の蕎麦屋へ入って行った。


 朝5つ半(9時)である。竹蔵は蕎麦屋の仕込みをしていた。


 この早くに2人揃って来たことに驚いて、板場から店に出て来た。


「先生、何かありましたか?」


「朝早くにすまぬ。話があって参った」


 辺見の只ならぬ顔に竹蔵は、


「どうぞ、中へお上がり下せえ」


 見るとお雪は俯いている。これはお雪が何かしくじったと心配になった。


 奥の座敷に通された。辺見は上座を勧められたが下座に座った。お雪はその後ろへ俯いたまま座った。


 竹蔵は上座には座り難くて、辺見の横に少し離れて座った。その竹蔵に向き直って辺見は頭を下げた。


「竹蔵殿、願い事がある」


「へい、何でごぜやしょう」


 殿付きで呼ばれたことは生まれて初めてである。さらに不安になり緊張した。竹蔵も同じく頭を下げた。


「お雪さんと結婚したい。許して貰えないだろうか」


 竹蔵はうすうすは気付いていた。子供の時から不憫な娘である。結婚は出来なくてもせめての幸せを願っていた。


「先生、ありがとうごぜえやす。願っても無いことです。どうぞよろしくお願いいたしやす」


 竹蔵は両手を付くと深々と頭を下げた。そしてそのまま身じろぎもしない。その背中が震えていた。


 泣いていた。まさかにお雪の想い人、辺見と結婚出来るとは思わなかったが、添わせて上げたいと思っていた。


 竹蔵はやくざ者として女房にも娘にも不憫の限りをして来た。改心したのは女房の最後の言葉だった。


『お雪をよろしくお願いします』


 消え入るように言うと息を引き取った。労咳を病んでいた。目からは涙がこぼれていた。


 竹蔵はやくざから足を洗った。娘を残した女房の死は親分を納得させた。日雇いから始め大工になった。


 働きに働きづめて蕎麦屋を出した。亡くなった女房が旨い蕎麦を良く作ってくれた。それを思い出したからである。


 思い出しながら見よう見まねで作った。竹蔵は器用だった。おまけに天性の味覚を持っていた。


 たちまち蕎麦通達の評判を取った。慣れない包丁遣いに太い蕎麦になった。それが蕎麦通をうならせた。


 竹蔵の震える背中を見てお雪は堪らなくなって、傍に寄って行った。


「おとっつあん」


 何年振りであろうか、お雪はおとっつあんと呼んだ。竹蔵は顔を上げた。そしてお雪の手を取った。


「お雪、良かったな。良かったな。良かったな」


 繰り返し言うと、辺見に向かって、


「先生、男手で育てた娘です。何かと至らないことが多いと思いますが、どうぞよろしくお願い致します」


 べらん調の言葉を改め、辺見をしっかり見つめて言った。


「お雪さんを必ず幸せにします」


 辺見は決意を身体に出した。きっぱりと言い切った。


                     つづく

次回は9月1日火曜日朝10時に掲載します