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24、御前試合

 片山が川越に着いたのは昼八つ半(15時半)だった。暗いうちに江戸を出て、休みもせず歩き通した。走りはせぬが早足で歩き続けた。


 門を入ると家僕が駆けつけて来た。


「お帰りなさいませ。大旦那様の葬儀は午前中に行われました。旦那様を始め大奥様は埋葬に行っておられます」


 涙ながらに話す。


 片山伊織は屋敷に上がると仏前に手を合わせた。知らせが一日早ければと悔やんだ。葬儀一切は藩の取り決め通りに行われた。


 四半刻程で全員帰って来た。兄一之進と伊織は互いに駆け寄った。


「兄上、遅くなりました」


「良く帰って来てくれた。すまぬ、葬儀は午前中に執り行った。疲れたであろう。少し痩せたか?苦労したようだな。早速だが話がある。ちょっと来てくれ」


 一之進は伊織を仏間へ伴った。仏壇に手を合わせるとその引き出しから遺書を出した。


「伊織、父上の遺言だ。読んでくれ」


「はい」


 伊織は兄から遺書を受け取るとじっくり目を通した。そこには片山家全てを一之進が受け継ぐこと。但し、道場は伊織に与えると書かれてあった。読み終えると兄一之進を見た。


「実は道場には門下生は五名しかいない。しかもこのひと月程は、父上が体調を崩し殆ど指導されていない。今日の葬儀に五名とも手伝ってくれたが、多分辞めると言って来るだろう。指導者がいないのだから当然だろう」


「兄上、父の遺言です。明日から私がやります」


「なに、道場をやる?」


「はい、道場を与えるとあるのは、住まいにしろと言うわけではないでしょう」


「そうしてくれるか、父上はお前が黙って家を出て行った時も伊織は修業に行ったのだ。必ず帰って来ると言っていた」


「実は、父上は気付いていた。家を出た前の日、珍しく立ち合い稽古をしてくれた。しかも抜き胴ばかり。後日、その意味が分かった」


「どう言うことだ?」


「面打ちが得意技です。打ったと思いきや胴を抜かれていた。何度繰り返しても胴を抜かれる。四半刻程繰り返して父上は黙って部屋に戻って行った」


「腕の差は仕方ないな」


「それはわかっています。藩内の対抗試合でも抜き胴をされたことは一度もありません。その前に面を打ちとっています。父上は天狗になっている私に、剣の速さを身に付けよと示唆してくれたのです」


「よくわからないが、それが出来たのか?」


「いえ、まだまだです。世の中は広いです。江戸は凄い所です。しかし、少し感触を得ることが出来ました」


「それは良かったな。わしには剣才が無いのでわからないが、方向が見えたと言うことかな」


「片腕一刀流と言います。父上にお教え頂いた一刀流の流れです。遺言道理この道場を守りながら修業をしたいと思います」


「そうか、道場を続けてくれるか。父上もお喜びになられるであろう。よろしく頼む」


 一之進は両手を付いて頭を下げた。


「兄上、頭を上げて下さい。必ずや道場を守ります。早速ですがお願いがあります。明日五人の弟子達を呼んでいただけますか?」


「毎朝、出仕前に稽古をしている。明け六つ(6時)からだ。その時で良いか」


「はい、よろしくお願いします」


「了解した。歩きどうしで疲れたであろう。今、風呂を沸かさせている。直ぐに沸く。ゆっくり入って来い。わしは部屋にいる」


 一之進は立ち上がり伊織を促した。落ち着いた物腰は父とよく似ている。歳も伊織とは一回り12歳も離れて兄以上の存在だった。


 翌朝明け6つ少し前に道場に行くと、兄の前に五人の弟子たちが座っていた一之進は伊織が入って来たのを見て立ち上がり、


「弟の伊織だ。江戸で修業をして来た。これからこの道場を継ぐことになった。突然のことで聞きたいこともあろう。それぞれに話を聞いてくれ」


 山根がすくっと立ち上がり、


「実は先生がお亡くなりになり、みんな辞めることに決めておりました」


「そうですか、仕方がありませんね。身共は父の命を受けて修業に出ておりました。父が大変お世話になりました。せめてのお礼に江戸で評判の剣法、片手一刀流を御披露いたしましょう」


「片手ですか?奇妙な剣法ですね。是非お願いします」


 五人の中で一番古い弟子、山根が言う。他の弟子も一様に興味を持ったらしく揃って頭を下げた。


「では山根氏、相手をしてくれますか?」


 伊織と山根は日頃の立ち合い距離を持って向かい合った。山根は正眼に構え、伊織は右の片手で下段に構えた。


「どこからでも打ち込んで来られい」


『これが片手一刀流か、上半身隙だらけだ。見くびられたものだ』

 かーっときて得意の面打ちに飛んだ。瞬間、山根の竹刀は宙を飛んでいた。


 山根は唖然となり棒立ちになった。何が起こったかわからない。伊織の竹刀の動きは全く見えなかった。伊織は立ち合いの位置のままである。山根だけが一歩踏み込んだ位置に、両手を空中に竹刀を握った形で立っていた。


 残り四人も次々と対戦させられた。隙だらけの構えに得意の胴打ちをした者もいたがその場に立ちすくした。打ったはずの竹刀が五間先に飛んで落ちた。五人が口を揃えた。


「凄い!。神業だ。先生、これからもご指導お願いいたします」


 五人の弟子達は、顔赤く興奮して口を揃えた。


 その朝、出仕した五人は驚きの一部始終を同輩等に得意げに話した。翌朝、片山道場に十人を越す見学者が訪れた。


 伊織は片腕一刀流を披露することは無かった。五人の弟子には木刀を片手で持たせ丸太を叩かせていた。丸太は直径五寸程あり、上部を縄で巻き付け地面に垂直に立ててあった。


  見学者は丸太叩きを繰り返すだけの様子に、一人去り二人去りと全員帰って行った。


 変わった稽古はいつまで続くかと五人は辟易し始めていた。そして十日目、伊織は新たな木刀をそれぞれに渡した。握り以外は二倍の太さがあった。一ケ月後三倍になった。ここで弟子が二人辞めた。今さら立木打ちなどしたくない。


 三ケ月後、藩恒例の御前試合が行われた。勝ち抜いた三十名の対戦である。その中に伊織の弟子が二人入っていた。しかも二人は七位と八位になった。片山道場は、これまで十位以内に入ったのは伊織だけだった。二年前、伊織は三位であった。その際、なぜか一位二位の者との対戦は無かった。その二人は藩内の二大道場主である。戦わせてくれなかった。勝てぬ相手ではないと伊織は思った。伊織が江戸へ出た理由である。


  御前試合後、優勝者のことより片山道場の二人、山根と杉村の片手切りが話題なった。次の日から片山道場見学者が十名を超えた。


次回25回は1月10日火曜日朝10時に掲載します