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   23、帰郷

  昼4つ(午前10時)おちかを訪ねて来た者がいた。


「ごめんなせえまし」


 仕立て仕事をしていたおちかは手を止めて、


「どなた様ですか?」


「へい、六蔵です」


 おちかはすぐに立ち上がり引き戸を開けた。


「六蔵!ではないですか。ここが良くわかりましたね。


 と言いながら胸騒ぎがした。


「お嬢様、旦那様がお亡くなりにました。すぐお帰り下さい」


 おちかは前橋にある呉服屋の娘であった。三代続いた老舗であった。三代目は兄嘉兵衛が継いだ。


兄嫁は4年前嫁いできた。高崎にある老舗呉服屋の娘である。高崎一の呉服屋と言われ江戸にまで名が轟いていた。


 それを鼻にかける兄嫁は奉公人と折り合いが悪かった。間に入るおちかともいさかいが絶えなかった。


 兄はおちかを叱った。兄の気持ちがわかるだけにおちかは家を出た。それが3年前である。


「いつのこと?どうして?」


「7日前です。急にお倒れになりましてそのままお亡くなりになりました。原因はわかりません。葬儀は4日前に致しました」


「何と3日で歩いて来たのですか、ご苦労掛けましたね。そこにお掛けなさい。今お茶を持って来ます」


「いいえ、大丈夫です。昨夜板橋宿に泊り、今朝出て参りました。なかなか場所がわからず、今になってしまいました。遅くなりまして申し訳ありませんでした」


「本当にご苦労お掛けましたね。食事はまだでしょう。上がりなさい」


「いいえ、大丈夫です。大旦那さまから一刻も速くお連れするようにと言われております。これは大旦那様からのお手紙です」


 おちかはその手紙を震えながら開いた。


〝…突然の事に父母共に打ちのめされし候。このままでは華丸呉服は立ち行かぬ。色々相談をしたきことあり。至急の帰りを待ちます。なにとぞよろしくお願いしたき候〟


 と短い文だが、墨字が所々滲んでいた。おちかの顔が崩れそうになったがぐっと涙を堪えて、


「兄が何か言い残こしたことはありませんか?」


「私どもはお部屋に入れませんのでわかりませんが、大旦那様大奥様は何かお聞きになっていらっしゃるかも知れません」


「兄嫁様はどうなされていますか?」


「御存じありませんでしたか?お亡くなりになりました。おちか様が家を出られた1年後のことです。お坊ちゃまをお生みになりました翌日のことです」


「何故知らせてくれなかったのですか?」


「旦那様がおちか様の居所を調べさせたのはその後です。ふた月程かかったようです。申し訳ありません」


「子供はどうしています?」


「大奥様が大事にお育てになっておられます、お坊ちゃまは先月2歳になりました。でもお可哀そうで……」


 六蔵は思い出してか、啜り泣きを始めた。


「良くわかりました。帰ります」


「ありがとございます。では、お支度を」


「いいえ、今日はゆっくり休みなさい。これから3、4日は歩き続けることになります。私にもすることがあります」


「お宿は私の知ったところがありますから、後で案内します。今日は風呂にでも入ってゆっくりなさい」


 六蔵は飯をご馳走になり宿に案内された。明日朝5つ半(9時)におちかの所へ迎えに来ることになった。


 おちかは一人になると涙がこぼれて止まらなかった。その涙は俊介への想いだった。


 想えば想うほど身を切られるように辛かった。あの人に何と言おう。どうしても考えつかなかった。


 帰郷すれば江戸へは帰れない。おちかには俊介のにっこり笑った顔が浮かんで離れない。


 亡くなった兄の事を思わぬではないが、すぐに俊介の顔に変わる。思い直して片づけを始めたが突っ伏して泣いた。


 泣くだけ泣いた。夕方近くになってようやく考えがついた。話すのは止めよう。明日は置手紙をすることにした。


 時は過ぎゆく。暮れ6つの鐘が鳴った。おちかは久しぶりに化粧をした。おしろいが何度も涙で流れた。暫くして、


「ただいま!」


 俊介が帰って来た。


                       つづく

次回は3月12日火曜日朝10時に掲載します