うちのひろと

♪退屈な待ち時間などに3分小説をどうぞ
面白い!気分が明るくなります。読後感が爽やかです
3分41話.5回8話.10回6話.15回7話.23回1話
時代小説9話
[がまの油売り][ひきょうもの][やぶ医者俊介]
[どんぶりめし][人に華あり][おつる][ちんこきり]
[護り屋異聞記] [片腕一刀流]
22、賭場
次の日9月15日、刻は暮6つ半(19時)松崎は両刀を束ね長屋を出た。行き先は永代橋近く佐賀町にあった。
形ばかりの門構え。直ぐの玄関には、左右に提灯が灯されていた。提灯には丸の中に仁の文字が記されている。
深川の中心部に勢力を持つ、博徒仁兵衛の家である。入口に立つ二人に挨拶され、中に入って行った。
「先生、今夜もよろしくお願いしやす」
「もう、2年になるな」
「おかげさまです。何事もなく、毎月大花会が出来ますのは先生のおかげです。これからもよろしくお願いいたしやす」
「うむ、実はな、事情が出来て川越に行く。来月からは出来ない」
「先生、それはどう言うことです」
「そう言うことだ。すまんな」
「わかりやした。お聞きしません。いつお帰りですか?」
「多分、2、3か月で戻る」
「お帰りになったら、またよろしくお願いしやす」
「俺が必要か?」
「当たり前でございます。この2年間もめごと一つ起きませんでした。先生にお座りいただいてるおかげです」
言いながら、仁兵衛は5両の包み紙を差し出した。
「では、行って来る」
松崎はその金を懐に入れると立ち上がった。玄関を出ると左に進む。1町程行って左に曲がり、その先を右に進んだ。
丁度、仁兵衛宅の裏手に当たる。小さな平屋である。人は妾家と言った。今は空き家。賭場はここで開かれていた。
家の周りは板塀に囲まれている。木戸を開けるとすぐに玄関。その右に提灯を手にした男がいる。灯りはそれだけだ。
その後ろに二人、左に二人立っているのが月明かりにわかる。訪れる者を提灯で照らし、客を確認すると中に入れた。
今夜は毎月15日に開かれる大花会である。大店の旦那や上客のみの賭場。掛け金は10倍とされる。普段は別の場所で毎日開かれていた。
玄関を入ると板敷と台所。次の間が4畳半と6畳の座敷。4畳半を帳場とし、6畳が賭場である。間は襖で閉ざされた。
帳場の後ろに松崎は座っていた。客は松崎に必ず会釈をして帳場に入って行った。松崎は黙って頷いた。
夜4つ半(23時)になると賭場は閉じた。今夜も何事も無く終わった。帳場を預かる竹蔵が5両の金包みを渡した。
「ありがとうごぜえやした」
今夜の後金である。合わせて10両。それだけの価値があった。松崎が座る前までは、三月に一度は悶着が起きた。
悶着があると客は離れ、しばらくは寺銭が減る。10両などは安いものだ。仁兵衛は計算づくだった。
それだけに、松崎に川越に行かれるのは困った。次の日、子分に松崎を呼びにやった。しかし、出た後だった。
一昨日の夜、おつるの顔が目に浮かび眠れなかった。小娘と言ったが、気になって仕方がなかった。そして、昨日も。
朝5つ(8時)、松崎は市松屋にいた。
「先生、まさか、もうお発ちになられるわけではないですよね…。お帰りになったのは一昨日ですよ」
「見ての通りだ。川越に行って来る」
「お願いしたのはこちらですが、それではお体に障ります」
「ははは、そんな柔ではないわ」
「わかりました。それでは少々お待ちを…」
市松屋は手文庫の中から切り餅(25両)を出すと、さっと袱紗に包み松崎に差し出した。
「これは、今月と来月のお願いする分でございます」
「いや、この前頂戴した。いらぬ」
「あれは、川越までお送り頂きましたお礼でございます」
松崎はふと思った。これを拒否したら無報酬でなぜ川越に行くのだと思われる。なぜか胸が甘酸っぱくなった。
昨夜までは、深川で4,5日ゆっくりしてから川越に戻るつもりでいた。野暮用を済ませほっとしていた。
寝床に入り目を閉じると、前の日と同じようにおつるの顔が浮かぶ。川越を送る時の、あの悲し気な顔が浮かぶ。
思い出すと胸が痛くなった。このせつない思いは何だ。小娘ではないか。言い聞かせるが、色々思い出され目が冴えて来た。
明け方決心した。今日、川越に戻ろう。
「わかった。頂戴致す」
松崎は平静そうに言った。
「ありがとうございます。どうぞよろしくお願い致します」
市松屋は座り直して深々と頭を下げる。
「何か深いわけがありそうだな」
「はい、以前お話致しましたが、山形屋さんの先代様に命を救われました。商いもお助けいただきました」
一松屋は言いながら遠くを見るような目になった。
「市松屋の今がありますのは、先代様のおかげです。せめて、万分の一でもご恩返しがしたいのです」
「良く分かった。及ばずながら力になろう。それなら、金は要らぬ。拙者もまだ武士の端くれだ」
松崎は袱紗を受け取らず立ち上がった。
「それでは、わたくしの立場がございません」
「立場か?その気持ちで十分だ。山形屋は守ってやる」
松崎は市松屋を後にした。川越街道へ向かった。
つづく
次回は11月12日朝10時に掲載します
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