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22.お菊の想い

​ 片山が出て行くと、他の客もつられるように次々に帰って行った。


 客たちは何か起きるかと様子を見ていたが何事も無い。興味を失った。大工の朝は早い。


「お菊さん、めしにして貰えるか?誰もいなくなったがもう刻限か?」


「いえ、大丈夫ですよ。鯖の味噌煮があります。いかがですか?」


「良いね。貰おう。それと、いつものぬかづけを頼む」


 いつものとは、坂西は大根のぬかずけが好きで多めに入れて貰っていた。客は坂西だけになった。


 辰吉は味噌煮に火を通しながら傍らで、大根と人参の酢の物を作り始めた。手早いもので同時に出来た。


「お菊さん、出来たよ」


 お菊はぬかずけの大根を、きゅうりの横に切り揃えていた。慌てるようにめしをよそい熱いみそ汁を添えると坂西の前に運んだ。


「良い匂いだな。頂こう」


 お菊は盆を持ったまま隣に座った。それを見ていた辰吉は前掛けを外しながら、

 

「お菊さん、後はよろしくね」


 裏口から帰って行った。お菊は急にそわそわすると、立ち上がり暖簾を仕舞いに行った。


「すまんな、また、最後になったな」


「良いんですよ。ゆっくり食べて下さいな」


「ありがとう、めしのお代わり頼む」


 坂西は急ぐ理由も無いのにかき込むように飯を食べた。最後の客で申し訳ないと思ったようだ。


「お菊さん、帰りは送って行くよ。道は覚えたからね」


 それを聞いてお菊は嬉しくなった。胸がきゅーっと締め付けられた。


 食べ終わるとすぐにお茶を出した。ぬるめのお茶である。坂西は一息に飲んだ。


「さ、送って行こう」


 坂西が表に出ると、お菊は中から鍵を閉め裏から出て来た。


「すみません、よろしくお願いします」


 二人は揃って歩き始めた。


 お菊の胸はなぜかどきどきと高鳴っていた。自然に一歩下がって歩いていると、


「お菊さん右に並んで下さい。もしもの事があります」


「はい」


 お菊の声はうわずっていた。自分の長屋がずっと遠くであればと思った。それだけ頭がいっぱいで、寄ってもらう言葉など浮かばなかった。


 長屋はどんどん近づいた。どきどきの高鳴りは、悲しい気持ちに変わり始めた。その時、ふと思いついた。


「先生、見てもらいたいものがあります。夜中に音がするのです」​


「音がする?どこから?」


「天井近くの壁からです…」


「ねずみだろう。心配ないよ」


「私も始めはそう思いました。でも、ねずみが壁を這うなんてことがありますか?」


「それは妙だな。どんな音だ」


「コトコトと小さな音です」


「やはりねずみと思うが、いつもするのか?」


 坂西は足を止めて聞いた。お菊も合わせて立ち止まった。


「私が気付かないだけで毎日かも知れません。コトコトと、とても気味が悪いのです」


「隣はどんな人が住んでいる?」


「ご浪人様がお一人で住んでいらっしゃいます」


「歳の頃は?」


「さあー、40歳前後でしょうか?」


「もう一方は?」


「ご夫婦です。大工さんです。こちら側からは聞こえません」


「わかった。調べてみよう」


「よろしくお願いします」


 お菊は嬉しくなった。音が聞こえるとは嘘である。咄嗟に思いついたことである。しかし具体的過ぎた。


続きは9月27日火曜日朝10時に掲載します


 お菊は長屋の部屋の前に来ると、さっと前に出て引き戸を開けた。鍵などかけていない。当時の長屋はみんなそうだった。寝る時、内から閉めた。


「今、灯りを点けます。ちょっとお待ちください」


 火打ち石の音がして、ゆっくりと行灯の灯りが点いた。


「先生、どうぞお上がり下さい。すみませんそこ閉めて下さい」


 お菊は部屋の真ん中に座布団を敷いた。


「ここにお座り下さい。今、お茶を淹れます」


 胸がどきどきして来た。竈に動こうとすると、


「お菊さん。頂くなら水が良いな」