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     1、引っ越し

 陽射しがぽかぽかと温かい3月の半ば。深川下町は、はずれの六軒長屋。住人の殆どが大工などの職人である。


 朝5つ半(9時)ともなれば、その女房の仲良し5人組が井戸端で洗濯を始める。


 にぎやかなこと。けたたましい笑い声が、続け様に飛び交う。毎朝のことである。よくも話題があるものだ。


「あんた、荷車だよ。引っ越して来たんだよ」


「おんや、お侍じゃないか?」


「頬っかむりが邪魔で、顔が見えないよ」


「若そうだね。一人もんかな?」


「気の毒に。運が悪かったね」


「どう言うこと?」


「うひひ、知れたことよ」


 片手で口を押えて笑う。


「あんたのお隣さんになるからよ」


「それがどうしてよ!」


「うちの旦那、毎晩こぼしてるよ『年中盛ってやがる。盆と正月ぐらい休めよ』って、あたしにおっかぶって来るんだから。あたしゃいい迷惑よ」


「おんや、あんた!良く言ってくれるでねえの。しぬーしぬーって悲鳴上げてよ。よくもまあ生きていられるもんだ」


「ちょっと!うるさいよ。頬っかむり取ったよ」


 若侍は部屋の前で頬っかむりを取り、単衣の腰上げを下におろした。くるりと振り返り入口の障子を開けた。


「あんれ!良い男だよ!」


「若い!あたし好み!良い男だあ」」


「お侍さんだよ!身の程をわきまえな!」


 他の4人はそんなこと聞いていない。そう言った女房を手で後ろへ押しやると、


「お手伝いしなくっちゃ!」


 その言葉を機に残り4人の女房は、我先にと若侍のところへ駆け寄った。


 口々に、


「お手伝いします」


「それはありがたい、よろしく頼みます」


 切れ長の目に一文字眉、鼻筋通った面長の顔。にっこり笑いながら頭を下げる。


 女房達は、見とれて返事が出来ず頷いた。少し間があって、その中のひとりが目の前の部屋をのぞき込んだ。


「あらまあ!部屋の中ほこりだらけ!掃除しなくっちゃ。あたし雑巾持って来る」


「どれどれ、ほんとだ。荷物は後ね、あたしも持って来るよ」


 4人は桶と雑巾を持って引き返して来た。賑やかなこと。6畳の座敷や板張りはあっという間に綺麗になった。


 4人が外に目をやると、後から来た女房が若侍と楽し気に喋っている。


「あんた!何やってんの!手伝わなきゃ駄目じゃないの」


「あのね、この辺のこと教えてあげてんだよ。米屋に酒屋は大事だからね」


「まったく油断もスキもありゃしない。泥棒猫みたいだ」


「泥棒猫とはどう言う意味よ。わかってるよ。焼餅焼いてんだろう。道教えただけなのに。情けないね」


「言い間違い!この人ね夜中にギャーギャー泣くんだよ。夜泣き猫でした。隣がうるさいけど我慢して下さいね」


「何でそんなこと言うんだよ。関係ないだろう」


 2人の言い合いに、一番年嵩の女房があきれた顔をして、


「若様、お荷物を中に入れましょう」


「身どもは、辺見と言います。よろしく頼みます」


 軽く頭を下げて、布団一式を一度に抱え中へ入れる。残りのお釜、鍋、鉄瓶と柳行李(こおり)を女房達が入れた。


 引っ越し先、第一夜の始まりである。


                     つづく

次回は3月24日火曜日朝10時に掲載します