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     1、おこも

「汚ったねーな!寄るんじゃねー!」


「おまえさん、そんなこと言っちゃ可哀そうだよ。ちょっとお待ちな」


 筵(むしろ)を両手で抱え、よろよろ歩いている。老人では無さそうだが若くはないだろう。女か男かもわからない。


 髪は拳を握ったように固まり、寸足らずの着物はあちこち破け、泥色した肌がのぞいている。


 旅人の女房は風呂敷包みをほどき、竹の皮に包まれたおにぎりを渡した。


「これおにぎりよ。良かったら食べてね」


 おこも(乞食)は筵を地面に置き、両手で下賜いただくように受け、頭を行儀よく下げた。無言のままである。


 6月の日差しは初夏に近く、暑さに身体が蒸れているのであろう。おこもの身体からすえたにおいが漂ってきた。


 「おい、行くぞ!」


 男はいらだつように言い、先に歩き始めた。1町ほど歩いて女房は男と並んだ。


「おまえさん、おこもは女でしたよ」


「えーっ、女?」


「余程の事情があるのかも知れませんね」


「どこに行くつもりだろう?」


「仲宿に決まってますよ」


「馬鹿だな、宿に泊まれるわけないだろう」


「それもそうですね」


「これから石神井川を渡る。多分、そこに架かる板橋に行くのだろう」


「もうすぐ夕7つ(16時)になる。江戸で最初の宿にするつもりだろう」


「橋がですか?」


「橋の下は、雨露がしのげるからね。さ、もう直ぐだよ。板橋を渡ると仲宿だ。仲宿に泊まれば明日が楽だ」


 夫婦は深川で呉服屋を営む。身内での法事の帰りである。朝早く川越を出て、中山道を歩き仲宿に向かっている。


 今日は仲宿を宿にする。このまま深川まで歩けないわけではないが、二人とも40半ばの齢であり。無理を避けた。


 翌朝宿を出てすぐに後ろから声をかけられた。見ると紺の単衣纏った若い女中だ。


「昨日はありがとうございました。おかげで元気になりました」


 顔を見ると、清楚で綺麗な顔をした女である。二十歳前後であろうか。見も知らぬ女である。


「失礼だが、どちら様でしたかな?」


 店の客の一人かなと思った。男は呉服屋を営む。


「昨日おむすびをいただきました。ありがとうございました」


 男はそう言われても、どなたでしたかなと首をひねった。一向に思いつかない。その時、女房が口を出した。


「ひょっとして、おこもさん?」


「はい、そうです。本当にありがとうございました」


「えっ、あなたがおこも?信じられない」


 男はびっくりして唖然となった。


 昨日女はおにぎりを貰った後、道端に座りむさぶるように食べた。空腹だったのだ。食べると直ぐに元気になった。


 女は暗くなるのを待って、川で身体を洗い単衣に着替え宿に泊まった。


 川越からの道中は、女の一人旅は危険と聞いていた。おこもの姿に変装した。筵の中に着物と財布を隠し入れた。


 その姿では茶店に寄ることは出来ない。朝から何も食べていないが、空腹のまま歩くしかなかった。


 偶然にも親切な夫婦と同じ宿だった。宿を発とうとしたところ、二人が出て行く姿を見た。急いで後を追いかけた。


 男はしげしげと女を見た。女房も女をしげしげと見た。


「何かわけがありそうね。良かったら聞かせてくれませんか?」


 女は急に顔が曇った。女房の優しい言葉に胸が詰まったのである。


「うん、そうだ。聞かせてごらん。何か役に立つかも知れないよ。立ち話もなんだ。宿に戻ろう」


 女は素直にはいと言った。三人は宿に戻って行った。


                        つづく

次回は6月18日朝10時に掲載します