Shopping Cart
Your Cart is Empty
Quantity:
Subtotal
Taxes
Shipping
Total
There was an error with PayPalClick here to try again
CelebrateThank you for your business!You should be receiving an order confirmation from Paypal shortly.Exit Shopping Cart

   19、誤解

 治療所の風邪薬は評判を呼んだ。薬欲しさに治療所へ来る者が多くなった。日に20人を超えた。


 俊介は1日中薬草を煎じた。いつしかくすり先生と呼ばれるようになっていた。長屋の外まで薬草の匂いが漂った。


 日も長くなり暮れ6つ(18時)の鐘の音で、治療所は閉めるようになった。程なく俊介は家路に向かった。


 通りにある一本の桜が、満開にして花びらを散らしていた。俊介の心はなぜか寂しかった。


「お帰りなさい。通りの桜が綺麗だったでしょう」


 いつものように手拭いを渡された。黙って受け取ると銭湯に向かった。


 おちかは俊介がいつもと違うのが気になった。


『何かあったのかしら。何か考えているような気がしたけど……。そうだ!今日はお酒を付けよう』


 四半刻もしないで俊介は帰って来た。


「あら、早いですね。今日は俊介さんの好きなサバの味噌煮ですよ。どうぞ」


 箱膳には、鯖の味噌煮と里芋と人参の煮しめが並んでいた。手前には盃が伏せてあった。


「どうしたのですか?元気がないですね。はい!お酒」


 おちかは明るく言いながら、徳利を俊介に向けた。俊介は盃を持ち上げた。


「どうした?酒とは珍しいね。何かあったのか?」


「いいえ、桜が満開だから何となく」


「そうか、桜が満開だったね」


「花見に連れて行って下さいな」


「……うん」


「どうしたのですか?気が勧まないのですか?」


「そうじゃない……」


 少し間をおいて、盃の酒を一気に飲み干した。


「これから話すことを、誤解しないで聞いて貰いたい」


「はい、どうぞおっしゃって下さい」


「今日から、別々に寝たいのだ」


「そんなことですか、床を別々に敷きますね」


 おちかはほっとしたように言う。


「いや、自分の部屋で寝て欲しいのだ」


「……わたし、気に障ることをいたしましたか?ごめんなさい。許して下さい。お願いします」


「そうじゃない、だから誤解しないで欲しいと言ったではないか」


「いいえ、おっしゃって下さい。嫌になったのでしょう。こんなに年上ですもの……。わたし忘れていました」


「違う!私の問題だ。ごめん!誤解させてしまった」


「いいんです。優しくしないで下さい。私が身の程知らずでした。御迷惑をお掛け致しました。申し訳ありません」


 俊介は言葉を無くした。寝所を別にするとは、医書に集中するためのことである。


 自分の意思の弱さに辟易していた。それを避けるには、寝所を別にするしかないと思った。


 懸念していた通り、おちかに大きな誤解を生じさせてしまった。


 しかも、俊介が思いもしないことをおちかは思っていた。そんな馬鹿なことを思っていたのかと悲しくなった。


 何も悪くないのに、身を小さくして謝るおちかがせつない。立ち上がるとおちかを力いっぱい抱きしめた。


 俊介は自分が身勝手過ぎた、情けなかったと反省した。自分が悪い。自分がしっかりすれば良いだけのことである。


 何か言おうとするおちかの口を吸った。おちかは身体を震わせ、声を押さえて泣いていた。


 俊介はおちかの頬に溢れる涙ごと口を吸った。おちかが堪らなく可愛くなった。頬ずりをしながら、


「ごめんね。今夜も一緒に寝よう」


                        つづく

次回は2月12日火曜日午前10時に掲載します