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   18、思い違い

「来てくれていたのか、ありがとう」


「朝の内にお引っ越されるとお聞きしましたので、お手伝いに参りました」


 お雪は手伝いながら荷物の少なさに驚いた。夜具と鍋、釜、鉄瓶に少々の衣服だけである。直ぐに片付いた。、


「お腹空いたでしょう。今、お食事の用意を致します」


 お雪は自分の長屋に戻って行った。はす向かいである。何とも嬉しそうな顔をしている。後ろ姿にも表れている。


 辺見は部屋の真ん中に座って周り見渡した。夜具など整然と片付けられ部屋の中が清々とする。


 女手が入るとこんなにも違うものだろうか。柱まできれいに拭き清められ、部屋中がおすましをしている。


 引き戸を開けて出ていくお雪の後ろ姿が目に焼き付いている。何ともせつない気持ちである。


 なぜここまで世話をしてくれるのか。断り仕事を請け負っただけだ。このままだと自分がその対象者になりそうだ。


 この仕事は一応は終わった。もしもを考えての続行仕事だ。そのためにお雪は世話をしてくれている。


 竹蔵は何が気に入ったのか、これからもめしを食いに来て欲しい。代は要らないと言う。


「お食事お持ちしました。すみません、開けて頂きますか?」


 辺見は直ぐに立ち上がり引き戸を開けた。お雪は両手に大きな盆を抱えていた。そのまま静かに入って来た。


 部屋の上り口にその盆を置いた。盆の上にはおにぎり、野菜の煮しめ、きゅうりのぬか漬けの皿が並んでいた。


「どうぞお召し上がり下さい。今お茶をお持ちします」


 お雪はそう言って笑みを投げかけて来た。優し気な顔に辺見の胸はぎゅっと締め付けられた。


 辺見は返事をしようにも言葉にならない。黙って頷いた。


 お雪ははっとした。勝手に掃除や食事の用意などして気分を害されたのだと思った。私どうかしてる。ごめんなさい。


 部屋に戻ると、鉄瓶んがしゅんしゅんと音を立てて湧いていた。急須に移し替え盆にのせた。


「失礼します」


 急に改まって引き戸を開けて入って行った。


「お雪さん美味しいね。特にこの椎茸、味が染みてうまい」


 用意された箸は使わず手づかみで食べている。


「良かったです。お茶をお入れしました。どうぞ」


 急に表情が硬くなったお雪を見て、


「どうした?何か気に障った?」


 お雪は目を伏せると、


「ごめんなさい。勝手にすみませんでした」


 込み上げて来る涙をぐっと堪えた。


「何のことだ?どうしたのだ」


「お許しを戴いたわけではありませんのに、勝手に余計なことをしてしまいました。申し訳ありません」


「とんでもない!ありがたくて申し訳ないと思っている。世間知らずだから、気に障ることがあったかもしれない」 


 辺見は両手を付いて頭を下げる。お雪には誤解されたくない。至らなさを心から詫びた。


「お雪さん申し訳ない、許してくれ」


 お雪はそばに駆け寄った。そして、その両の手を握り絞めた。


「違います。私が悪いのです」


 そう言った時、堪えて来た涙がこぼれて来た。出過ぎたことをした自分が悲しかった。でもそうしたかったのだ。


 辺見はその涙を見てどうして良いかわからない。せつない。握り絞められたその手を振り解き、お雪を抱きしめた。


 抱きしめたその手に、お雪の身体の震えが伝わって来た。愛おしくてさらに抱きしめた。


 お雪は嬉しかった。嬉しくて涙が止まらない。身体を自分から寄せて行った。辺見が頬を寄せて来た。


お雪は口を吸われた。身体から力が抜けて行く、意識ははっきりしている。嬉しくて恥ずかしくて目が開けられない。


 辺見は気持ちを自制出来なかった。いとおしくていとおしくて悲しいような気持になった。口を吸い続けた。


 その口に、お雪の涙が頬を伝って流れて来た。辺見は我に返った。両手を離すと、


「お雪さんごめんね。お茶を頂く」


 突然のことに、お雪はどうして良いかわからない。自分から委ねて行った身体が恥ずかしい。


 ごめんねとはさっきのことか、今の口づけのことか判断がつかない。


「今、入れ直します」


 しゃんと立ったつもりが、よろよろとよろけた。気持ちの整理もつかない。おぼつかない手でお茶を入れ直した。


「申し訳ない。とんでもないことをしてしまった。ごめん」


 辺見は行儀よく座り直し頭を下げる。


 お雪にはなぜ謝られるのかわからない。謝って欲しくなかった。どうして謝るの?どうしてなの。


 見ていないふりをしてお茶を出した。


「お茶をどうぞ」


 何事もなかったようににっこり笑いながら言う。辺見もつられるように笑顔になって言う。


「頂こう」


 辺見も咄嗟に何もなかったことにして、


「こんなにおいしい朝食は何年ぶりだろう。おいしかったな」


「あら、朝食?巳の刻(10時)はとうに過ぎましたよ。そうでしょう。だからおいしく感じたのですよ」


「違う違う、空きっ腹であってもおいしい料理は格別だ。お雪さんの料理は特別だ」


「そんなにお褒め頂いて良いのかしら。それならこれからもご用意いたしますわ」


「それはありがたい。是非お願いしたい。これからもおいしい朝飯が食べられるなんて、夢みたいだ」


「一人分作るも二人分作るも同じです。明日からもお持ちします」


「よろしくお願いします。ついでに、お茶をもう一杯所望したい」


 辺見は嬉しくて、出されたお茶をいっきに飲み干した。お雪も嬉しそうにはいと返事して立ち上がった。


 お雪には、辺見に喜んで貰っていたことが良く分かった。いつもの明るいお雪に戻っていた。


 二人には先ほどのことは何もなかった。何も起こらなかった。暗黙に了解されたようだ。


                     つづく

次回は7月21日朝10時に掲載します