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       17、昨夜

 宵5つ半(21時)。裏口の戸が音もなく開いた。出て来た男がいる。松崎である。


 昼間、手代に聞いておいた丸源へ向かった。街中を少し外れたところにあった。


 武家屋敷を真似たのか木戸がある。木戸から5間ほど歩くと玄関になる。左右に丸源印の入った提灯が掛けてある。


 二人の男が提灯の横に見張りでもするように立っている。松崎を見かけると、意外にもおとなし気に聞いて来た。


「どなたさんのご紹介ですか?」


「いや、お遊びじゃない。親分さんに会いたい」


 中では賭場が開かれている。年かさの男が寄って来た。


「どちらさんでいらっしゃいますか?」


「江戸の松崎と伝えてくれ」


「ちょっとお待ち下せえ」


 年かさの男は中へ入って行った。代貸が二人の子分を連れて出て来た。


「あっ、てめえ!来やがったな。みんな出て来い!」


 その言葉に7、8人ほどの子分が出て来た。


「山形屋の若造だ痛めつけてやれ!」


 一斉に掛かって行った。若造一人だ。刃傷程では無いと思ったのか素手で掛かって行った。


 たちまち3人の男が腕や足を抑えて転がった。残りの男達は瞬時に怯み、動きを止めた。代貸が短刀の鞘を払った。


「待てっ!」


 その時大声が轟いた。源蔵が騒ぎの声を聞いて出て来た。


親分の一喝に、代貸は振り向いた。


「勝蔵!何の騒ぎだ!」


「へえ、山形屋の若造が乗り込んで来やした」


 代貸の言葉に、相手の松崎を見た。


「あっ、先生!ご無沙汰致しております」


 親分が歩み寄り頭を下げ、挨拶をする。


「おお、源蔵。貫禄だな」


「何をおっしゃいます。先生も相変わらずのお元気で嬉しゅうございます」


 やり取りを聞いた代貸や子分は、唖然として棒立ちになる。代貸の勝蔵は慌てて短刀を鞘に納めた。


「先生、どうぞお入り下さい」


 源蔵に勧められ、松崎は上がって行った。


「そうか、6年になるか。しかし、僅か6年で親分とは見上げたもんだな」


「いえ、まだ小さなひよっこのような組です。先生もお人が悪い、どうして真っ先にお寄り下さらなかったんですか」


「用心棒にされてな。川越に出て来たんだよ」


「さっき、勝蔵が山形屋のと言っていましたが、まさか先生のことですか?」


「そうだ、山形屋の用心棒だ」


「なるほど、勝蔵が手を焼くわけだ」


と言って、廊下に控えた子分に、


「勝蔵を呼べ」


 と静かに言った。勝蔵はすぐに来た。


「へい、何か御用で…」


「紹介しよう。江戸で大変お世話になった。松崎先生だ」


「知らぬこととは言え、すみませんでした」


 代貸は神妙な顔をして言う。


「ここの代貸であったか、今後もよろしく頼むな。ただ、今夜のことは内密にな。おぬしと会ったこともだ」


「へい、わかりやした」


「先生、何かお手伝いすることはありませんか?」


 源蔵が聞くと即座に、


「何もない。源蔵と会えて良かった」


 それだけ言うと、松崎は立ち上がり帰って行った。


 翌日昼8つを過ぎた頃、店の前を通る女二人、


「ねぇねぇ!半額ですってよ」


「えっ!ほんとだ」


「やっぱり、店閉めるんだね」


「何だか、寂しいね。あたし山形屋で買った着物だよって、みんなに自慢にしたもんだよ」


「あたしも買ってもらいたかったけど、無理だったわ」


「ちょっと見て行かない?」


「そうね、見てみよう」


 三十路過ぎの二人が反物をひやかしに見始めた。


「やっぱり、高いね」


「ね、この値段の半額ということじゃない?ほら、正札の半額と書いてあるわよ」


「あら、ほんとだ!良いわね。そのくらいなら買えるわよ」


 二人は真剣になって選び始めた。通る人がその様子を見て覗き込む。


 見れば素敵な反物が揃っている。しかも格調高い。手に取って見られずにはいられない。同じく立ち止まった。


 いつの間にか人だかりが出来ていた。商品は古いが山形屋が精魂込めて選びぬいた反物である。


 みんな無口になって見ている。ひやかし気分が買い気分になっていた。1本2本と売れ始めた。


 夕7つ(16時)を過ぎると人通りは少なくなってきた。それでも台の周りには人が寄っていた。


「ねぇ、ちょっと!店の人!」


「へぃ、何でございましょう?」


 近くにいた和助が寄って行った。


「これ、明日来るから取って置いてよ」


「わかりました。ではお名前をお伺い致します」


「えっ、それが出来るの?じゃ、私もお願いね」


 7つ半(17時)店を閉めた。反物が5本売れた。そして取り置きが2本ある。


 二人の手代は驚いた。売掛でなく現金で5本売れた。しかも、節目の日でない普通の日にである。


 しかし、おつるは満足していなかった。ふと思いついたことがあった。


                        つづく

次回は10月8日朝10時に掲載します