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                   17.料亭つたや

 勝三は途中で右へ曲がった。あれっと思ったが坂西は黙ってついて行った。街中で左に曲がり少し歩くと大きな料理屋の前に止まった。


 勝三は振り向き坂西を確かめると引き戸を開けた。途端に、


「お着きでーす」


 門番風の老爺が声を出す。女将がすぐ出て来た。


「いらっしゃいませ、お待ち致しておりました」


 4畳半の座敷へ通された。左隅に火鉢が置かれ、部屋はぬくぬくと暖かくなっていた。二人が座ると、女将はその前に正座し、


「毎度ごひいきにありがとうございます。早速ご用意させて頂きます」


「いつもの通りにな。最初の酒は熱燗にしてくれ」


「はい、畏まりました」


 女将は40歳前後で品の良い顔をしている。なかなかの美形である。坂西は思わずその顔を見つめた。お菊に似ている。


 女将が部屋を出て行っても坂西はその方向を見ていた。


「坂西さん、良い女でしょう。後家さんですよ」


「後家さん?」


「二年前、旦那が亡くなって後を引き継いだようだね」


「それはお気の毒に…」


「それがそうでもないんだ。腹上死ってやつでね。世間で評判になり、おかげで前より繁盛ですよ」


「女将が?」


「まさか、妾ですよ。また芸者に戻ったようだが、これがもとで人気芸者になったようです。世の中はわからぬものだ」


「失礼致します」


 仲居が二人入って来た。膳をそれぞれの前に置いた。膳の上は坂西は初めて見る珍しい料理だった。小鉢2つに中鉢と中皿が並んでいた。


 知っているのは中鉢の高野豆腐の含め煮だけで後はわからない。しかし、うまそうで目を見張った。


 中居はそれぞれに酌をすると、


「お刺身と天ぷらは後ほどお持ち致します。どうぞごゆっくり下さいませ」


 二人は後ろすがりに下って行った。


「坂西さん、手酌は味気ないですね。膳を寄せましょう」


 勝三は自分の膳を坂西の前に運んだ。


「さ、どうぞ」


「とんでもありません、師範代どうぞ」


 たちまちに、2本の銚子は残り少なくなった。勝三は手を軽く叩いた。近くに控えていたのであろう。直ぐに仲居が来た。


「酒を2、3本頼む」


 中居は直ぐに運んで来た。その新しい銚子で坂西に酌をした。にっこり笑いながら、


「見事なお手並みでした。まさかに受けられるとは思ってもみなかったた」


「受けるのが精一杯でした。ありがとうございました」


「僅かの期間で習得されたことに驚いた。改めてお願いしたいことがあります」

 

「どうぞ、何でもおっしゃって下さい」


「剣の速さは天性3割、努力が7割と言う。だから修練では限界があると思っていました。ところが僅かの期間で習得された。その方法を是非門下生に指導して欲しいと思います」


「習得とはおこがましい。まだまだ未熟です」


「謙遜はされずとも良い。是非、その指導をお願いしたい」


「わかりました。やらせて頂きます」


 とは言ったが、水滴切りをさせるわけにはいかない。ここに至るまでの修練がいる。どうすれば良いかと頭をかすめた。


「どうされた、何か懸念することでも?」


 勝三は坂西の一瞬の顔のくもりを見逃さなかった。


「いえ、ありません」


「では早速だが、明日からお願いしたい。何か必要なものがあれば用意させて頂く。遠慮なく言って欲しい」


 勝三には懸念することがあった。門下生の6割が町人である。そのせいもあってか、門下生の上位は武家出身が占めていた。


 門下生を武士と町人を分けて稽古させているわけではなかったが、技量的に自然に分けられた。それは血筋や天性と思いたくなかった。


 自分が町人の出であるから、なおもそう思った。急に笑顔になり、ぱんぱんと手を叩いた。


「はい、お呼びでございますか?」


「うん、女将を呼んでくれ」


 すぐに女将が駆けつけた。


「琴乃を頼む、相方もな」


「かしこまりました」


 女将はにっこりと勝三を見た。言葉少なの女将である。全てを承知である。程無くして芸者二人が来た。


「おばんです。お呼び頂きありがとうございます」


「おっ、来たか。開けて入れ。挨拶はいい、ここに座れ」


 二人が坂西の後ろから廻る。おしろいの匂いが坂西の後ろからふわっと漂う。それだけで心に花が咲いたような気持になった。


 どうしたものか、一人はそのまま坂西の横に座った。若い。まだ二十歳を過ぎたばかりのようだ。綺麗だ。思わず見つめた。


「鈴乃と申します。どうぞよろしくお願いいたします。お酌させて頂きます」


 にっこり笑顔で銚子を取り上げた。坂西はどうして良いものか、勝三を見た。勝三はこちらを見ていない。芸者の手を握っていた。


 目の前にいながらなぜか遠くに感じた。仕方なく盃を取り上げた。江戸は美人ばかりだ。鈴乃が酌をする。


 おしろいの匂いが鼻を掠める。白く塗った襟足が艶めかしい。銚子を両手で持ったまま首をかしげるようにして、


「お武家様のお名前をお教えいただけませんか?」


「坂西だ」


 鈴乃の美しさに動揺したことを隠すように、ぶっきらぼうに言う。


「坂西様どうぞよろしくお願い致します。こちらへは、琴乃姉様に連れられて初めて来ました」


「そうか、身共もそうだ。ここには初めて来た」


「あら、お上手をおっしゃって。からかわないで下さい。どうぞ」


 鈴乃が少し咎めるような顔をして盃に注ぐ。


「すまん、すまん。お前もやれ」


 一つしかない盃だ。軽く振って鈴乃に渡す。勝三が手を叩いた。


「酒を4,5本、盃を二つ頼む」


 勝三は知らぬふりをして見ていたのだ。それから半刻ほどしてお開きになった。琴乃と鈴乃は店の入り口まで送って来た。


 暫く歩くと、勝三と坂西は帰る方向が分かれ道になった。坂西はそこで感謝を述べた。初めて江戸を味わった気持ちだった。

 

「そうですか、それは良かった。又、お誘いしましよう」


「はい、ありがとうございます」


 坂西は一人になり歩き始めると、自然に蕎麦屋の方へ歩いていた。お菊に会いたくて堪らない。まだ宵5つ半(21時)になったばかりである。


                          つづく

続き18回掲載は2月1日朝10時を変更いたします。申し訳ありません。 

明日2月2日水曜日朝10時に掲載いたします