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     16、半纏(はんてん)

 店に出ると、頬傷の代貸が二人の子分を連れて立っている。手代の治助は青い顔をしてその前に立ちすくんでいた。


 帳場の松崎は三人にちらっと眼をやっただけで、目を閉じて腕組みをしている。


「おう、娘…じゃなかった女将。今日は客だ。そんな怖い顔をするんじゃねえよ」


 代貸はなぜか寒くもないのに、今日は半纏を羽織っている。


「どんな御用でございますか?」


「御用と来たか、半纏の御用だ。ここに座らせてもらうぜ」


 板敷に腰を下ろした。二人の子分は後ろに立ったままだ。


「ちょっとここに来てくんな。この背中を見てくれ」


おつるは代貸の近くに行った。代貸はおつるに背をむける。


「この丸源印の入った半纏を、百人分作って貰いたい」


「わかりました。いつまででございますか?」


「秋風が、吹き始めたから出来るだけ早い方が良い」


「染め抜きが入りますのでふた月はかかりますが…」


「そうか、出来るだけ早く頼む」


代貸は無理は言わずすんなり承諾した。


「お色は、このままの紺でよろしいですか?」


「そうだな、濃い茶色で作ってくれ。この半纏は丸源印用に置いて行く。じゃ、頼んだぜ!」


 代貸は半纏を脱ぐと、すくっと立ち上がり、子分を連れて帰って行った。


 おつるをはじめ手代二人は拍子抜けした。おつるはそこに座り込んだ。


「女将さん大丈夫ですか?」


 治助がそばに来て言う。


「大丈夫ですよ。ほっとして気が抜けたようね。座ってしまったわ」


「そんなことではないのです。代金はいただけるのでしょうね?」


「もちろんよ。どうかしましたか?」


「はい、染め抜きの注文は手付を頂くことになっています」


「そのことね。向こうには払う気はさらさらないのだから、ごねるきっかけを作ることになるのね。だから言わなかったの」


「そんな!20両の大金を無くすことになります」


「良いのよ。おかげで職人さんへお仕事が出せるわね。しばらく仕事がなかったから、丁度良いの」


「それは喜びますが…しかし、大きな損を抱えてしまいます」


「良いですか、半分は利益だから10両の損ね。でもね、出来上がるまでの2か月間は静かになるのよ。月にして5両。安いものよ」

 

 治助は二の句が継げなかった。この4日間1銭の売り上げもない。どうするつもりだろう。


「今日からどんどん売るのです。私に任せなさい」


「お客様がいらっしゃらないのに、どうやって売るのですか?」


「この店は、直に潰れるとみんな思っています。そんな店に買いに来ると思いますか」


「あっ、なるほど。こちらから売りに行くわけですね」


 さすがに年季の入った手代だから読みが早い。


「そんなことしたら、ますますそう思われて買ってくれないでしょう」


 いつの間にか吉松が、和助の後ろから首を伸ばすようにして聞き入っている。


「反物を半額で売るのです」


「そ、そんな無茶苦茶なことを、店が潰れてしまいます」


 治助が慌てるように言う。


「いいえ、今から、品物置き場に行って3年以上売れなかった反物を選び出して下さい。5年以上との区別もして下さい」


「わかりました。選び出します」


「和助も手伝いなさい」


 二人は品物置き場に入って行った。部屋は2つある。一つ目は6畳の部屋で、両壁が三段の棚になり反物がずらりと並べてある。


 反物に付いた印札を確認しながら選び出した。さすがに5年以上の反物は少なかった。それでも43反あった。3年以上は176反。


 7百反程の中から選びだすのである、一刻程(2時間)の時間が掛かった。


 その間おつるは、松崎と吉松に手伝って貰い。戸板を利用して見せ台を作った。戸板は白い布を掛けられ見事な台に変わった。


 台は店前に出した。台には反物30反が並べられた。その上に松崎の達筆な太文字で【正札の半額です】と大きく紙が貼られた。


 この時代は正札販売が当たり前で、半額とは衝撃的な値段であった。


 刻は昼8つ(14時)、これから人通りが多くなる。


                                   つづく

次回は10月1日火曜日朝10時に掲載します