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      16、やぶ医者

 「解決した?まだ何も聞いていないがどう言うことだ、心当たりがあって解決すると言うことかな」


「医者の不養生と言う言葉を聞きまして、なるほどと思いました。自分の体力に無頓着過ぎました」


「確かにそうだ。開業したばかりとは言え、俊介さんには体力的にも負担をかけ過ぎたと思う。申し分けない」


「いや、それはありません。自分自身の問題です」


「考えてみれば、開業以来1日も休んでいない。これからは月に1日は休むようにしよう」


「体力的には大丈夫ですが、休みがあると嬉しいですね」


「では明後日が月末になる。これから毎月月末を休みにしよう。どうだろう?」


「良いですね。ただ、急な病人が来たらどうしましょう?」


「それは大丈夫。私はいつも家に居る」


「わかりました。お言葉に甘えてそうさせていただきます」


「では明後日は休みと言うことにしよう。それと頼みがある。患者の処方記録をもう少し詳しく書いてもらえないか」


「何か間違いでもありましたか?」


「いや、処方記録に間違いは無い」


 市之進は立ち上がると、棚から自分の処方記録を取り出し開いた。


 処方記録は半紙を二つ折りにして閉じて作ってある。俊介の分も同じである。


 (半紙の半分=現在の国語辞典等とほぼ同じ)


「見て貰いたい。症状の項目だ、始めに言っておく必要があったと思う」


 そこには、患者の名前と年齢性別の横に、症状・処方・状況と3つに分けてある。


 おしま女23歳、その横に症状腹痛とある。その隣に症状、


”押されるような痛みあり。腹膨れ硬し。便通10日無し。食欲無し。浣腸指導と便秘薬処方”


 と簡潔に記載があった。他に頭痛、腰痛、打ち身や切り傷まで多彩であるが、これも簡潔に症状要点の記載がある。


「私が症状記載を言わなかったのが良くないが、これからは症状の要点を必ず書いて貰いたい」


 まだ3カ月しかならないが、俊介はやぶ医者と噂されていた。市之進の評判が高いだけに大きく比較されていた。


 その事は長屋と治療所を往復するだけの俊介の耳には、入らなかった。


 俊介は市之進が何が言いたいのかわかった。誤診の可能性である。それでは治るはずがない。


 市之進の診断と治療を薬を調合しながら見ていたはずだが、俊介は医書を鵜呑みにしておろそかに見ていた。


 医書は公式と同じで判断力と応用力が無ければ生かせない場合が多い。俊介は医書を読破したことに過信していた。


 あの日以来おちかに夢中で研究どころか、医書を開く事さえなかった。市之進の気遣う柔らかい言葉が身に染みた。


 夕暮れの寒い中、治療所を出た。俊介は物思いにふけるように歩いていた。考えに夢中で寒さは感じなかった。


 長屋に着くとおちかの部屋に入って行った。


「お帰りなさい!」


 嬉しそうなおちかの声が聞こえる。俊介は渡された手拭いを持って銭湯に行った。


 その間におちかは夕飯の支度をした。この手順は2か月前から始まった。おちかも俊介の帰る前に銭湯に行った。


 もう二人は夫婦のようであった。おちかの部屋で食事も終わりお茶を飲み終わると、


「火鉢は火を入れてあります。部屋でお休み下さい」


 おちかはにっこり笑って言う。食器など洗い物を終えると俊介の部屋に行くのである。おちかはそわそわしている。


「うん……」


 俊介は何か言いたげだったが、黙って自分の部屋に戻った。寝床は敷いてあった。


 俊介は文机の前に座った。大和本草を始めから読み返し始めた。3か月とは言え50数人の治療をしている。


 初めて読んだ時は面白くも何ともなかった。しかし、内容はどんどん吸収された。それは言いし難い充実感があった。


 今日は読みながら思い当たることがいくつもある。面白くなり次から次へと読み進んだ。同じ医書とは思えない。


 おちかが入って来たのもわからなかった。おちかは邪魔にならないようにと、火鉢の前にじっと座ったままでいた。


 いつ気付いてくれるかと俊介の後姿を見つめていた。半刻過ぎても気付かなかった。寂しくなってきた。


 火鉢の炭を足したりして音をたてたが、気付いてくれない。邪魔にならぬよう気遣いながら声をかけた、


「お茶をお淹れしましょうか?」


「おっ、ごめん気付かなかった。いらない」


 いらないの冷たい語調におちかは悲しくなった。

                      

                        つづく

次回は1月22日火曜日朝10時に掲載します