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     人のこころ

 煙草の匂いがホームの階段まで匂っている。


 男は定年退職後半年ぶりの電車だ。今日から週2回当時と同じ電車に乗る。


 友人の業務手伝いだ。電車は今も20分に1本のダイヤだ。


 やっぱりあいつだった。何度注意したことか、注意すると止めるが次の日はまた吸っている。


 ホームに直に座って吸う。25,6歳で派手ななり。目が合った。男はにっこり笑いかけ、黙って通り過ぎた。


 男の定位置で振り返ると派手男はまだ吸っていた。誰も注意しない。


 一週間後また会った。派手男と目が合った。男はにっこり笑いかけて通り過ぎた。


 定位置で振り返ると派手男が煙草をくわえたままこちらを見ている。男はにっこり笑い返した。


 男が注意しなくなったには理由があった。


 職を離れてみると、男は自分が杓子定規に生きて来たことに気付いた。他人に注意することも正義だと思っていた。


 口論になったことも何度もあった。不愉快になると同時に何故か後味が悪かった。


 それは何故だかわからなかったが、退職後自由に過ごせる時間の中でわかった。


 それは正義の名を借りた自己満足のためだだったと気付いた。


 考えれば注意されて気持ちが良いはずがない。


 それに注意された人がその後改めるとは限らない。とすれば注意することは、お互いに気分を悪くするだけだと思い至った。


 男は人に注意しないことを心に決めた。


 その週、また派手男と顔を合わせた。煙草をくわえていない。しかも立っている。


 男は、えっ、どうした?と思ったがにっこり笑いかけると、


「おはようございます」


 とにっこり派手男は言う。


「おはようございます」


 男も思わず挨拶を交わした。


 派手男は案外人懐っこい顔をしているではないか。しかし何だか照れているようだった。  


            完