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    15、痩せた俊介

 春とは名ばかりである。3月と言うのに今朝はちらちらと半刻程粉雪が舞った。病気治療所は開業4か月目に入った。


 みすぼらしい長屋の治療所も腕は確かだと口伝に広がり、日に10人を越える患者が来るように

なった。


 医者に診てもらうのは高額と、薬種屋を利用していた者も訪れた。薬種屋の薬代にそば一杯程の代金で済んだ。


 しかし、治療所の運営は日に20人程の患者が来ないと難しかった。


 幸い、腕の良さを聞きつけての往診依頼が時々あった。それは運営費の補いになった。ところがここに問題が発生した。


 市之進の往診中は俊介が患者を診た。その患者からの不満が聞こえて来た。いつまでも治らないと言うのだ。


 市之進は俊介が帰った後、処方記録を確かめた。症状に応じた薬を調合して渡している。全く問題はなかった。


 腹痛にて調合、頭痛にて調合とあり、薬の調合は薬草の合わせも分量も的確であった。


 ところが、何度も読み返しているうちに気が付いたことがあった。症状記載が単純すぎることである。


 なぜ腹痛が起きたかについての問診記載が無い。同じ腹痛でも食べ過ぎと食当たりでは処方薬が違う。他の要因も考えられる。


 ふと、市之進は俊介の最近の様子が気になった。急に痩せて来た。しかも覇気が無い。何か患っているのではないか。


「おはようございます」


 丁度その時俊介が引き戸を開けて入って来た。


「おはようございます」


 声を聞きつけて、美乃が挨拶をする。


「おはよう!俊介さん。いつも早いね」


 市之進はにっこり笑いながら言う。辰の刻少し前である。


 (辰の刻=朝8時)


「寒いですね、さっき粉雪が降りましたよ」


「それは知らなかった。今日は患者は少ないだろうね」


「来るとき、誰も歩いていませんでしたよ」


 言いながら俊介は自分の場所に着座した。


「お茶をどうぞ」


 早速、美乃がお茶を差し出す。湯呑から湯気が上がっている。ふーっと、湯気に息を吹いてうまそうに飲んだ。


「俊介さん、ちょっと聞きたいことがあるのだが……」


 市之進は少し遠慮がちに言う。


「はい、何でしょうか?」


「どこか身体が悪いのではないか?」


「いえ、何でもありませんが……」


「なら良いのだが、慣れない仕事だから無理しないでくれ。どうも疲れ気味に見える」


「いや、大丈夫です。元気いっぱいですよ」


「少し痩せたような気がするが本当に大丈夫か?こんな日だから、患者は殆ど来ないだろう。今日は帰って休むと良い」


 俊介は、ふと不安になった。


「そんなに顔色が悪いですか?」


「正直に言うと、やつれたような顔をしている」


 市之進の言葉を聞いて思い当たった。睡眠が十分でない。おまけに体力を毎晩使っている。


 三か月前のあの晩から、一日も欠かさずおちかと寝屋を共にしている。身体がそうせざるにはいられなくなっていた。


 そう言えばおちかも少し痩せたような気がする。人の営みは体力を消耗すると言う。しかし、それは言えない。


「少し考え事がありまして、眠れないのです」 


「それでわかった。そのわけを話してくれないか?医者の不養生は患者の信頼を無くす。何を聞いても驚かない」


「いえ、解決しました。今日からはしっかり睡眠が摂れます。御心配をおかけしました」  

 俊介は心に決めた。             


                      つづく 

次回は1月15日火曜日朝10時に掲載します