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     15、暗雲

 「先生ありがとうございました。私のうかつでした」


 おつるは手代の前では先生と呼ぶ。使い分けていた。


 「無理もないことだ。あれは博徒の常とう手段だ。問題はこれからだ。今度は徒党を組んでくるだろう」


「先生、どうしたらいいでしょうか。何か手立てはありませんか」


 意外におつるは落ち着いている。


「わかっている。腕を捻り上げたのは私だ。考えてみよう」


 二人の手代は、蒼白の顔に赤みがさしてきた。しかし、その場に突っ立ったままである。鮮やかな松崎の手並みに驚いていた。


「さ、二人とも仕事を続けてね。お客様がいついらしても良いように、お願いしますね」


 二人はおつるの明るい笑顔にほっとして、それぞれに仕事を始めた。


「先生、先程のことでご相談したいことがあります。奥へお願い致します」


 そこは代々当主の部屋。今はおつるの部屋である。松崎はおつるに続いて入って行った。


 おつるは当主席に座らず、その前に座布団を敷いて松崎に勧めた。おつるは座布団を敷かず横並びに座った。


「先程はありがとうございました。松崎様にお助けいただけなかったら恐ろしいことになっていました。本当にありがとうございました」


「何を言う、そのために残ったのだ。しかし、災いを残してしまった。初めから立ち会えば良かったと反省している」


「松崎様、お願いがございます。しばらくご逗留いただけませんでしょうか?」


「市松屋に雇われの身だ。一度江戸へ帰ってわけを話せねば義理が立たぬ。が、博徒は今日明日にでも来るかも知れぬ」


「市松屋の旦那様には、明日の朝、早飛脚で今一度お手紙をお出しします。なにとぞよろしくお願い致します」


「わかった。このまま放ってはおけぬ。しばらく居よう。市松屋に解雇されるかも知れぬな」


「その時は是非こちらでお願い致します。願ってもないことでございます。ただ、旦那様には恩をあだで返すことになります。何か良い方法はありませんでしょうか?」


「馬鹿だな。まだ、解雇されたわけではない。案ずるな。では帳場に座ってくるかな」


「申し訳ありません。ご苦労をおかけ致します。お疲れになりましたら、どうぞお部屋でお休み下さい」


「疲れたらそうさせてもらう」


「博徒が来ましたら、すぐに呼びに伺います」


 松崎は帳場に座った。退屈である。することもなく、何となく店前の通りを眺めていた。


 このところ山形屋ではもめごとが続いている。通る人ごとに興味を持って、覗き込みながら通って行く。


 昼9つ(12時)の鐘が鳴った。今日は、松崎から順に昼食を一人づつ交代でした。治助が和助を呼びに来た時、駆け込んで来た男がいた。


 入口土間で、はあはあぜえぜえと両膝に両手を片手づつ当て、苦しそうに息をしている。よく見ると吉松だった。


「吉松じゃねえか!」


 治助が驚いて声をかけ、和助がそばに行った。


「吉松、良く戻って来たな。今、水を持って来てやる」


 和助が背中をさすりながら言う。


「ありがとうございます。お嬢さんいらっしゃいますか?」


「あー、いらっしゃるよ。今は女将さんだ。待ってな」


 聞いていた治助が、おつるを呼びに行った。


「吉松!どうしたの?何かあったの?」


「いえ、父から手紙を預かって来ました」


「上がりなさい。ついて来なさい」


「泥だらけです。足をすすぎたいのですが…」


「良いから、いらっしゃい」


 吉松は草履と足袋を脱ぎついて行った。部屋に入ると吉松は手紙と金子を前に置き、両手を付いて口上を述べた。


「この度はお店を継がれまして、おめでとうございます。これは、父から預かって参りました細やかなお祝いでございます。父に代わりまして、心からお祝いを申し上げます」


 おつるは驚いた。丁稚の吉松と思っていたが、態度も口上も筋目の付いた立派な挨拶をした。


 おつるは、手紙とその横に置かれた金子にも驚いた。50両包みが二つ。百両である。同業であれば相場は1両である。早速手紙を開いた。


〝謹啓、この度は山形屋様を継がれましたとのこと、おめでとうございます。心からお祝い申し上げます。一兵衛様のお喜びのお顔が浮かぶようです。後始末を含めて大変な門出になろうかと思いますが、おつるさんには、一兵衛様のお顔が重なります。不思議な気持ちです。山形屋様の再建とご繁栄をお祈りいたします。


 追記、ささやかではございますがお祝いを包ませていただきました。一兵衛様のご恩に報いるには万分の一にもなりませんがせめてもの心ばかりでございます。ご笑納下さい。


 尚、松崎様は武術人品共に優れたお方です。再建に当たり不穏な状況と知りました。差し出がましいですが、平穏になるまで松崎様のお力をお借り下さい。松崎様には吉松に手紙を持参させました。


 これからも、市松を上げて応援致します。どんなことでもお役に立ちたいと思います。いつでもご一報下さい。謹言〟


 読み終わると、おつるは涙をこぼした。嗚咽をぐっと胸に抑えた。顔を上げられなかった。


 その時、廊下をどたどたと慌てるように誰か走って来た。和助だった。


「女将さん!奴らが来ました!」


                       つづく

次回は9月24日火曜日朝10時に掲載します