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     14、証文

 朝6つ半(7時)、二人の手代が裏口から入って来た。治助は反物を選び、店内の棚と平台に並べ始めた。


 和助は店床を四つん這いになって雑巾がけを始めた。その後は店前を掃き清め、そこに水を打った。


 半刻程(1時間)で終わった。そこへ松崎がのっそり入って来て、黙って帳場へ座った。


 治助と和助は手を止めて挨拶に行った。


「先生、おはようございます」


「おはよう」


 にこりともしない。ただ顔を向けただけである。がらんとした店内だが、松崎が座ると、二人は少しほっとした。


 それは当然である。手代の二人は、いつやくざ者が来るかもしれないと心配で落ち着かなかったからである。


 しかし、松崎は、役者絵から抜け出たような整った顔立ち、しかも華奢な体付き。大丈夫だろうかと不安は抜けない。


「どうぞ、お茶が入りました」


 おつるが見計らったように、お盆にお茶を運んで来た。手代の分も用意してあった。


「さ、あなた達もどうぞ、一息入れて下さい」


「女将さん、すみません。ありがとうございます」


 二人の手代はおつるのことを、女将さんと呼ぶようになっていた。


「今日もよろしくお願いしますね。それから、お客様がありましたらすぐに呼びに来て下さいね」


 とにっこり笑いながら、奥へ戻って行った。松崎はすることもなく、店前の通りを見るでもなく眺めていた。


 その時、右頬に傷のある男を先頭にどやどやとやくざ者が入って来た。店外にも聞こえる大声で怒鳴った。


「おい!娘を出せ!」


おつるにもその声は聞こえた。立ち上がり部屋を出ようと

するところへ、


「女将さん!来ました」


 和助は顔青ざめて、声が震えていた。


「大丈夫ですよ。聞こえてました。今行きます」


 入口から、長さ2間程の土間があり、そこから1尺ほどの高さの板の間になっている。


 その板の間にふてぶてしい表情で、頬傷男は座っていた。子分らしき5人の男も凄むようにその後ろに立っている。


 おつるは松崎の横を頭を下げながら通った。男の前に立つと、


「お待たせいたしました。お金はご用意致しました」


 と言いながら横を見ると松崎は座ったままでいる。おつるは少し不安になった。頬傷男はにんまり笑って、


「銭を出しな、確かめて見る」


「はい、ここにございます。お確かめ下さい」


 おつるは袱紗包みごと手渡した。頬傷男は床の上で広げた。50両包みと25両包みが2つづつ、小判が180枚。手際よく数えると、


「金はあるんじゃねえか、貰ったぜ」


 にんまり笑うと、巾着袋を取り出し無造作に入れ、それを無理やり懐へ入れた。立ち上がると子分たちに向かって、


「けえるぞ!」


「あのう、証文を頂いていません。お渡し下さい」


「証文は丸源の勝蔵まで取りに来い。いつでも渡してやるぜ」


「お金と引き換えのはずです。お渡し下さい」


「ばかやろう!誰が引き換えと言った。俺は一言も言わねえぜ。後で取りに来い。それとも一緒に来るか?」


 にやりと笑い、向き直って歩き始めた。


「待て!」


 頬傷男はもちろん、5人の子分達もギクッと立ち止まった。凛として身体に突き刺さるような声だった。


「何だてめえか?なんか用か?」


 前回来た時、おつるの後ろで不気味な雰囲気を醸し出していた。喧嘩慣れした者にだけにわかる独特の雰囲気だった。


 それは思い違いだった。優しい役者顔の侍崩れに、喧嘩慣れがあるはずが無い。あの日も黙って見ていた腰抜けだ。


「金を置いて行け。証文と引き換えだ」


 その腰抜けが勘に障ることを言った。頬傷男は懐の短刀で、抜く手も見せず切りかかった。


 松崎の動きは俊敏だった。瞬時に上半身を僅かに捻って躱し、その手を掴み捻り上げた。短刀は土間に落ちた。


 腕は背中で捻り上げられていた。頬傷男は痛さで後ろへのけぞった。懐の巾着袋が重みで土間へこぼれ落ちた。


 5人の子分は身構えたが掛かって来ない。喧嘩強さで名うての代貸が、いとも簡単に腕を捻り上げられている。


「腕が折れるか証文を出すかどっちが良い?」


 松崎は代貸の腕をさらに絞りながら平然と言う。


「痛でーっ!止めてくれ!出すよ!出すから止めてくれ!」


「どこにある?」


「懐にある」


「出せ!」


 言いながら腕を絞る。


「放せ!放してくれなきゃ出せねえよ」


 呻きながら絞り出すように言う。


「左手があるだろう。出せ!」


「痛てててーっ」


 また腕を絞り上げる。代貸は顔を歪め、左手で懐を探りながらやっとのこと証文を出した。


 松崎は片手で証文を確かめると代貸の腕を放した。代貸は前のめりに顔から土間の土へ落ちたが直ぐに起き上がった。


 泥だらけの顔で、腕の痛みを堪えながら左手で土間に落ちた巾着袋を拾った。そして、ぱっと後ろへ飛んだ。


「覚えてやがれ!若造!」


 5人の子分と逃げるように去って行った。


                        つづく

次回は9月17日火曜日朝10時に掲載します