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 見知らぬ方々、失礼致しました

  桜も散りゆき、五月も連休の最中。何をするでもなく、ただ、黙って二階の窓から雲の流れるのを見ていた。


「そうだ!本を探しに行こう」


 男は思い立つと池袋の本屋に向かった。休日とはいえ、正午に近い時間。電車はほぼ満席。


 行く当てがあればもっと早い時間に乗るはずだ。帰りの時間には早すぎる。満席が不思議だ。


 ドアが開いて客が乗り込んできた。


「すみません!席を譲っていただけませんか?」


 ドアを挟んだ斜め前の優先席に中年の女性が立つ。右手に杖を突いている。


 直ぐ前の若い女性はスマホに夢中である。その横に座っていた還暦を過ぎたほどの女性が立ち上がり、


「どうぞ!おかけ下さい」


 にっこりして言う。見れば優先席の左右二列。二人ほどが席を立ちかけていた。


 中年の女性は、初めから優先席を見定めて入って来た。自己防衛に必要なことだろう。


”席を譲ってください”とはなかなか言えることではない。


 これまでに、苦い思いを何度となくしたのであろう。人の善意を信じ、譲る人を待つ世の中では無いのかも知れない。


 相変わらず若い女性は何事も無かったように、スマホに夢中である。


 人は見ていないようで見ているのである。周辺は、時が止まったようである。


 その時、携帯のベルの音が、漏れ聞こえて来た。長く続く。


「誰?出れば!」


 四、五人の仲間同士の女性が互いに顔を見合わせながら言う。周りの人もあたりを見る。


 やっと止まった。男は思った。”今時、ベルの着信音とは珍しい”とその時、自分のスマホに思い当たった。


「見知らぬ方々、失礼致しました」


ごめんなさい。その音は私でした。


  完